第16話 ラルポスカルパン2

夕食を食べ終えたあと、二人はリビングでソファーに座って、テレビドラマを見ていた。

特に熱心に追っているようなものでもなく、途中から見始めたものだから話の内容はよくわからない。

『ここでお別れよ。ジョン』

『……離れていても、君を思ってる』

画面の中の男女は恋人なのだろう。空港での別れのシーンだった。

黒髪の女は学校を卒業して、英国で演劇の修行を積むことになり、茶髪の男はフランスにとどまるらしい。

ティーン向けのドラマだから、この先女は英国で別の男に出会い、すったもんだあって、結局再開した主人公の男を選ぶような、お決まりの展開が繰り広げられていくのだろうな、とカミラは思った。

感動的なBGMが流れている中、二人は包容して別れた。シーンが切り替わり、女が飛行機の窓辺で泣いている。

別れとは、そんなにつらいものだろうかとカミラは思った。

多分次の週のラストくらいには男が渡英してくる展開だろうに。

自分は転校も卒業式も、全く辛くはなかった。きっとこれから別れがあっても、そう悲しむこともないだろう。


――隣りに座っている彼は、長い年月の中でやはり悲しい別れを何度もしてきたのだろうか。


「ねえ先生、エルフの時間感覚って、人間とは違うんですか?」

ふと頭に浮かんだ疑問が、突拍子もなく口からそのままこぼれた。

「ん?」

ジェイミーはカミラからの脈略のない質問で、頭に疑問符を浮かべる。

「私が不老不死や長命になったら、時間の感覚も変わるのかなって」

「ああ、なるほどね? 不老不死になったら今の体感時間と時間感覚が変わるのかはわからないけど、エルフは人間と時間の進み方がやっぱり違うよ」

ソファーに体育座りしたままのジェイミーは、少し寂しそうな声でそう言った。

「へえ……3年って、先生にとって長いですか?」

「3年はあっという間かもしれないなあ」

「人間換算でどれくらい」

「難しいことを言うね。明確に定義はできないかな」

「ウサギサボテン、居なくなるの寂しくはないですか」

「えっ、どうして?」

「ペットみたいなものでしょう。仲良さそうだったし」

カミラは自分のつま先の方を見ながら言う。

ジェイミーはいつもと変わらぬ声のまま答えを返した。

「居なくなるって分かってるから、そうでもないかも。残した子からまた増えるし」

「ふうん。人も同じ?」

「人?」

「私、別れが悲しいって、あんまりわからないと思って」

ジェイミーは「うーん」と唸ってから、少し考えて続きの言葉を喋った。

「別れが惜しい人と、まだ出会えてないだけだと思うよ」

「そういうものですか」

「そういうものだよ。一番身近な人だと、ご両親との別れはきっと悲しいと思うし」

カミラは先のこと過ぎてピンと来ていなかったが、「そのうち分かるよ」と言われたのでそういうものだと思うことにした。

そうすると、インターホンが部屋に鳴り響く。

「もう来たのか。少し早いな」

時計を見ると時刻は20時半だった。

ジェイミーはリビングのテレビの電源を、リモコンで消して立ち上がる。

「さて、一仕事しようか」


▪︎

玄関の戸を開くと、作業着の男が6人とふくよかな女がひとり立っていた。

40代くらいの女がおそらくこのチームの代表なのだろう。

ジェイミーを見ると「この度はご協力感謝します。ケイシー・スコットです」と朗らかに挨拶をした。

「ど、どうも……スプラウトヴァージュです。……サンドリーさんは?」

ジェイミーはカミラと初めてあった時のように、自信なさげにおどおどしていた。

カミラはそれを見て、この人は初対面の人間が本当に苦手なんだなと思った。

「前任の方ですね。ご退職なされたので、わたくしが後任を務めさせていただいております。これからよろしくお願いしますね」

「そうか……残念だな。あーえと、じゃあ、全員身分証の提示をお願いします」

「えっ?」

ケイシーと名乗った女は一瞬だけ戸惑うが、すぐに顔を朗らかな表情に戻す。作られた微笑みだ。

「身分証ですか?」

「はい。特殊指定妖精の、輸送ですので。ノヴレッジの関所に申請用紙を送らなければなりません。控えはぼくに渡してもらって、毎回恒例ですが……引き継ぎされていませんか?」

ジェイミーは依然自信なさげな声をしていたが、淡々と言うべきことは口にした。

「ああそういう事ですね。荷物を車に置いてきてしまって……あとで確認していただくのでは、」

カミラは気の弱いジェイミーがこのおばさんに押し切られると思ったので、口を挟んだ。

「確認ができないと作業は開始できない決まりなので、取ってきてもらっていいですか?」

強い口調で女に対して威圧的に言葉を発する。こういう時に、子どもだからと舐めてかかられるのがカミラは嫌いだった。

「はい。一旦失礼しますね」

女はニコと笑い、部下を引き連れて門の方へ引き返していった。


その様子を見送って、カミラがジェイミーに耳打ちをする。

「なんか、あの人胡散臭くないです?」

「何が?」

「他の作業員に見知った顔は?」

「そういえば居ないかも」

「いつもは同じようなメンツで来るんです?」

「確かに全員知らない人なのは初めてだけど、考えすぎだよ」

「いいえ。奴らの車がある場所まで追いかけましょう」

「え~……そんな、失礼だよ」

「仕事をきちんとこなせないほうが失礼です」

ジェイミーはしばらく渋ったが、カミラが手を引っ張ってくるので仕方無しに後をついていく。

門の付近までやってきて、大型の黒いバンが止まっているのが見えた。

周囲に人影はない。

「こういうのは警戒して損はないんですって……」

スプラウトヴァージュ邸へと続く道にもう一台、車のライトが遠くに光った。

「むむ?」

カミラはポケットに入れたスマホで時刻を確認した。21時前だ。

「業者って複数くるんですか」

「いいや。車は一台だって聞いてる」

「じゃあ、どちらかが密猟者じゃないですか」

カミラがかつかつと門を越えて車の方へ近づいていくのを、ジェイミーは「もしそうだったら危ないって!」と制止する。

しかし、カミラは杖を構えたまま止まらない。

「こっちの車の中には誰も居ませんね」

門をあけて怪しげな黒い車を眺めていると、もう一台の車が門の前でゆるやかに停止し窓が開く。

中から顔を出したのは20代後半くらいの、緑髪の女だった。長い髪をポニーテールにくくり、タレ目で、右目の下にほくろがあって柔らかい雰囲気をした人だ。

「あれ、ジェイミーくん。お迎えなんてはじめてだな。何かあったのかい」

のんびりとした声で問うた女は、少しだけ驚いた顔をしていた。

「サンドリーさん! もう一台車って来る予定なかったよね!?」

「無いよ~うちだけだよ」

「だよね!? 密猟者正面から来ちゃった! どうしよう!」

「あらま~……とりあえず車停めていい?」


慌てるジェイミーを他所に、マイペースなこの女性は門の前に大型のバンを駐車する。白色の車で、かわいい緑の葉っぱとお花のロゴがついている車だった。『魔法生物保護協会』のロゴである。

そして座席から降りてくると、杖を取り出して黒いバンのタイヤに貫通魔法で容赦なく穴を開けた。

カミラはそれを見て、見た目に反してこの女は容赦がないなと思った。

「門に魔法の痕跡が有るけど、新しく防犯系の魔法かけたりした?」

「かけてないよ」

「じゃあうちらが入れないようにしてたのか~。君たちが内側から門開けちゃったから魔法が切れてる。お手柄だよ」

つまりは、あとから来た本物の業者を作業が終了するまで屋敷に入れないことで、密猟者たちは逃げおおせるつもりだったのだろう。

なんて姑息なんだとジェイミーとカミラは憤った。

しばらくしてバンの後部座席から、ウサギサボテン用のケージを持った男3人が降りてきた。皆緑色のつなぎを着ていて、背中には車と同じ可愛いロゴがついている。全員ちょっとずつ色の違う茶髪で、取り立てて語ることのない容姿をしていた。

3人の中で一番背の高い男が口を開く。

「サンドリーさん、密猟者今年も居るんすか?」

「ジェイミーくん、何人居たかな?」

「えっ、えっと」

ジェイミーがパニックの頭で一生懸命思い出しているのを横目に、カミラが口を挟む。

「女が1人、男が6人。女は太っていて、おばさん。後の6人の男は紺色の作業着。大体30前後。特徴は、黒髪、黒髪、茶髪、茶髪、青髪が一人と暗い紫髪が1人。いずれも身長は平均」

「君は? 初めて見る子だね」

つらつらと語るカミラを見て、サンドリーは視線を彼女に移した。

「これは失礼。カミラ・ウッドヴァインと申します。スプラウトヴァージュ先生の教え子です」

「よろしくね。今夜はお手伝いしてくれるのかな?」

「そのつもりです。今もまだ密猟者が屋敷の敷地に居る。迅速に排除しましょう」

「頼もしいねえ。ミントくん、フライくん、レジくん。身分証だして」

二人は握手をして挨拶を終わらせた。

魔法生物保護協会の面々はジェイミーに各々身分証を出し、魔法で何やら書類をこさえてからジェイミーに写しを渡した。

緊急事態でも手順を飛ばさない様子に、手慣れているなとカミラは感心する。どうやら仕事ができそうな大人たちだ。

そしてサンドリーは携帯電話を取り出すとどこかに電話をかけはじめた。どうやら魔法警察に応援を呼んでいるようだった。

「はい。じゃあはじめるよ~。魔警は呼んだけど詰め所から距離があるから、しばらくは個人で対応ね~。見つけ次第密猟者は各個撃破で。無理そうなら魔法で俺を呼んでね。ウサボちゃんは適宜保護して。今回は時間がなさそうだから、東の庭園の東屋本営にして連れてくるのでいいかなあ。他に移動できそうな車両があったら、見つけ次第動かないようにしようね。多分西の方に逃走経路確保してるんじゃないかなあ」

口調はゆっくりだが、てきぱきと車から荷物を下ろし、サンドリーは大荷物を両手に屋敷の敷地に足を踏み入れる。この屋敷を長い間担当しているので、慣れたものだった。


一行は荷物を運びながら、東の庭園にやってきた。3人の部下たちは東屋に魔法で結界を張り、持ってきたたくさんの空のケージを地面に設置している。

「じゃあジェイミーくん、お屋敷に戻っていいからね。ここからは、うちらのお仕事だから」

サンドリーはジェイミーが魔法を使えないことを知っているので、やんわりと帰るように伝えた。

しかし、ジェイミーはその場を立ち去らない。

「……でもぼくも、ウサギサボテン集めるよ。今年は彼女も居るし」

手にはめた赤い魔法石の指輪をさすりながらジェイミーは答えた。

いつも見ているだけだが、自分だって何か出来るのなら力になりたいのだ。庭にいる小さき友をやすやすと連れて行かれるのは嫌だった。

「大丈夫? 危ないよ」

「私強いので、平気です。先生のことは私におまかせを」

毅然とした態度でカミラはそう言うと、携帯していた杖を手に持って、大きく変形させる。

サンドリーはその杖を見て、随分とこの子は高位の魔法が使えそうだなと感じはしたが、心配げな表情を崩さなかった。

「こどもふたり放っておくのは心配だなあ」

「今もウサギサボテンが攫われてるかもしれない。悠長なことを言ってる場合ですか? 人手は多いほうがいいでしょう」

「大人はこどもを守らないといけないんだよ」

「自衛できます。それに、先生ほどの魔法使いがそう簡単に敵に破れるとは……」

サンドリーがその言葉を聞いてジェイミーの顔を見やると、ものすごく慌てて何かを伝えたそうにしていた。

どうやらなにかワケアリの様子。女の子の眼の前で恥をかかせてしまうのは可哀想だと思ったので、サンドリーは一旦ここは折れてあげることにした。

「う~~ん……危なかったらすぐに呼ぶんだよ。空に閃光弾撃ってくれれば駆けつけるからね」

「了解しました。よろしくお願いします」

「カミラ、ちょっとサンドリーさんと話があるから待っててね」

ジェイミーは慌てて彼を東屋の端の方に連れていくと、今回は魔法具で魔法が使えるので最低限の自衛はでき大丈夫なことと、自分が魔法を使えないことはどうかカミラには言わないでくれと、しおしおの疲れ果てた顔で頼んだ。

サンドリーはその様子を見て、年頃の男の子だものね。見栄を張りたいんだなとほほえましい気持ちになった。

「いいとこ見せたいからって、無茶しちゃ駄目だよ~」

彼女はジェイミーのもふもふの頭をポンポンと撫でくりまわす。

「ほんとに危なくなったら助けてね……」

ジェイミーは慣れた様子でされるがままだった。


こうして密猟者をしばき、ウサギサボテンを回収するミッションが幕を開けたのである。

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