星宮ミライは魔女である

佐々木キャロット

星宮ミライは魔女である

 星宮ミライは魔女である。僕の学校では有名な噂だ。でも、箒で空を飛んだり、惚れ薬を作ったりするわけではない。ただ、占いがよく当たるだとか、試験は全教科満点だとか、じゃんけんで負けたことがないだとか、そういう噂があとを絶たない。本人も自分のことを魔女だと名乗る。入学当初の自己紹介でそう名乗った時の空気は春とは思えない程冷たかった。当然のこと、クラスではちょっと浮いた存在だ。嫌われたり、いじめられたりはしていないものの、少し遠巻きに見られている。本人は気にもしていないが。

「ユウト、帰ろう」

そして、ミライは僕の彼女である。幼稚園からの幼馴染で、小中高と同じ学校に通ってきた。高校二年の春、どちらからともなく言い出し、成り行きで付き合い始めた。付き合ったからと言って何かが変わったわけでもなく、一緒に下校したり、休日に遊びに出かけたりしていた。

 ミライは僕には勿体ないくらいの美少女だ。さらさらと長い髪は夜闇のように黒く、肌は病的なまでに白い。猫のようにぱっちりと開いた大きな瞳は見ていると引き込まれそうになる。黙ればクール、笑うとキュート。文句のつけようがない美少女である。もちろん、そんな美少女を男たちが放っておく訳もなく、これまでに数多の告白を受け、その全てを振り払ってきた。本当に、地味で平凡な僕には勿体ない彼女である。幼馴染でもなければ話すこともなかっただろう。

「ねぇ、聞いてる?」

「あ、ごめん。ぼーっとしてた」

「もう。次の日曜に映画に行こうって話」

 ミライはわざとらしく頬を膨らませる。こういう行動がいちいち可愛い。こんなに人懐っこいのに、どうしてクラスではぼっちなんだろう。

「今、栗山監督の新作やっててさぁ、ちょー見に行きたかったんだよね」

「栗山監督って、『子供たちの森』の人?」

「そうそう。それもめっちゃ好きで、あ、ちょっとストップ」

「ん?」

そう言われて足を止めた瞬間、目の前をサッカーボールが飛んで行った。

「あー、ごめんなさーい」

公園から小学生くらいの子供たちがワーワーと謝りながら出てきた。どうやらこの子達の蹴ったボールだったらしい。

「大丈夫。当たってないから」

「マジ?良かったー」

子供たちはボールを拾うとまた公園へと駆け出して行った。

「ありがとう。よくわかったね」

「ふふん。私、魔女だから。未来のことがわかっちゃうんだよね」

「はいはい。魔女だもんね」

「もう。信じてないでしょ」

「でも、まあ、未来のことがわかるとか最強じゃない?」

「そうでもないよ。全部が全部わかるって訳でもないし、わかっても変えられないこともあるし」

「変えられないこと?」

「うん。今みたいなちょっとしたことなら変えられるけど、もっと人生にとって重要なことは変えられない。事故とか、病気とか、死とか」

ミライは呟くようにそう言った。

「……そう言えば、あの公園懐かしいね。昔、よく一緒に遊んだよね」

微妙な空気に耐えられなくなった僕は無理やり話題を変えた。

「……うん。そうだね」

「あれとか覚えてる?ミライが鬼ごっこしてる時にこけちゃって、めちゃくちゃ泣いたやつ。膝から血が出て動けないって言うから、僕がおんぶして家まで帰ったんだよね」

「……あー、うん、そうだっけ」

「まあ、小学校の時の話だし覚えてないか」

「うん、ちょっと覚えてないわ」

ミライの顔はまだ少し暗かった。


 金曜日。ミライは用事があると先に帰ってしまい、委員会の仕事を終えた僕は一人で帰路についていた。昨日は別れ際まで妙に暗かったミライだったが、今日の学校ではいつも通りだった。何かに悩んでいる様子だったのは少し気になるけど、本人が言わない以上深く詮索するのも憚られる。

 そんな考え事をしながら歩いていると、前の人が何かを落とした。それは熊のようなキャラクターのぬいぐるみだった。

「あの、落としましたよ」

「え?あっ、ありがとうございます。って、あれ、藤沢くん」

落とし主は同じ学校の水上サラさんだった。

「水上さん、家こっちなんだ」

「うん、そうなの。藤沢くんも?」

「うん。あ、はい、これ、落とし物」

「ありがとう」

「それ、可愛いね。『クマポン』だっけ」

「そう‼知ってるの‼」

「うん、なんか、名前だけ」

「あんまり知ってる人いないから嬉しいな」

「前に誰かから聞いたんだよね。誰か好きな人がいて」

「へぇー、是非とも友達になりたいな」

喋りながら歩いていると昨日の公園に差し掛かった。今日も子供たちはサッカーをしている。

「この公園懐かしい。昔よく遊んだな」

僕の視線に気づいて水上さんも公園の方を眺める。

「僕も。かくれんぼであのトイレの上に登ったりして怒られた」

「あはは。いたいたそういう子」

「あと、砂場で落とし穴掘ったり」

「それ私もやった。懐かしー」

「……なんか、水上さんとはほとんど話したことないはずなのに、凄く喋りやすい。安心するというか」

「私も。なんでだろうね」

「一応、小中も一緒の学校だったよね」

「うん、そのはず」

「あんまり関わりはなかった気がするけど」

「私も藤沢くんと遊んだ記憶はあんまりないな」

「不思議だね」

僕たちはそう笑いあいながら家に帰った。


 日曜日。僕たちは駅で待ち合わせた。

「ユウト。お待たせ」

やってきたミライはいつも以上に明るく、テンションが高かった。

「どう?可愛い」

「うん。可愛い。似合ってる」

透け感のある白いワンピースをひらめかせニコリと笑うミライはどこか儚く綺麗だった。

「じゃあ、行こっ」

 僕たちは映画を見て、カフェに入り、ショッピングを楽しんだ。ミライは終始楽しそうに笑っていた。最近、思い悩んでいるのか心配していたので、僕は少し安心した。

 あっという間に日も暮れて、僕たちは帰路に就いた。

「ねえ、ちょっと休んでいかない?」

ミライはあの公園を指さし言った。昼間の明るさは鳴りを潜め、ミライは少し困ったような顔をしていた。僕たちは公園のベンチに座った。

「今日は本当に楽しかったなー」

「そうだね。映画も面白かった」

「うん。やっぱり栗山監督の作品は良いよね」

「そういや。今日は服とか買わなくて良かったの?」

「うん、今日はいいの。お揃いのキーホルダー買えたから満足」

「そっか」

「一生の宝物だ」

ミライは街頭の光に黒猫のキーホルダーを掲げた。

「さてと、そろそろ時間かな」

ミライはそう言って立ち上がると、鞄から一通の封筒を取り出した。

「ユウト、一つお願いがあるんだ」

「何?」

「私は先に帰るんだけど、ユウトはここでこの手紙を読んでから帰ってくれない?」

「今?」

「うん。今」

「……別にいいけど。なんで?」

「ふふ。秘密」

「……そっか」

ミライから封筒を受け取る。夜の空気に真っ白い封筒が浮ついて見える。

「じゃあ、もう行くね。今日はありがとう」

ミライはそう言って歩き出した。僕は立ち上がってその後ろ姿を見送る。

 少し先でミライは立ち止った。そして、振り返ると、僕に駆け寄り抱きついた。

「ごめんね、ユウト。愛してる」

訳も分からず、僕もミライのその細い身体を抱きしめた。

 少し経って、ミライはゆっくりと腕を解いた。

「じゃあね」

弱弱しく笑うと、ミライは暗闇へと一直線に駆けていった。

 ミライの姿が見えなくなり、真っ暗な公園に取り残された僕はベンチに座りなおし、封筒を開いた。




「大好きなユウトへ


 今日は本当にありがとう。とても楽しい思い出ができました。そして、ごめんなさい。何も説明をしないままこの手紙を渡してしまったこと。伝えたいことはこの手紙にすべて書きました。どうか最後まで読んでください。

 私、星宮ミライは魔女です。前にも言っていたように未来に起きる事象を予知することができます。全てのことが分かるわけではありませんが、多くのことを予知することができます。明日の天気、試験の内容、じゃんけんの手、そして、自分の死期。

 私は自分がいつ、どうやって死ぬかを知っています。これはとても辛いことです。何をしていても、自分の死を意識してしまい、そこに何の意味もないと思えてきます。

 あの頃の私は全てにおいて無気力でした。何をしても楽しいなんて思えず、ただ日々が過ぎるのを待っているだけでした。そんな私を変えてくれたのは他でもない君です。何も覚えていないと思いますが、君は塞ぎ込んでいた私に声をかけ、私をこの枯れ果てた世界から救ってくれました。きっと、君にとってそれは特別なことではなかったのでしょう。それでも、私は救われたのです。

 私はどんどん君のことが好きになっていきました。しかし、君には既に恋人がいました。君の幼馴染である水上サラさんです。君の水上さんを見る目は私に向けるものとは全くの別物でした。私は水上さんのことが羨ましく、そして妬ましく思いました。私がいくら頑張ろうとも君を手に入れることはできないです。

 そして、私は魔法を使いました。とても罪深い魔法です。私は運命を捻じ曲げ、君の幼馴染が自分であることにしたのです。こうして、私は君の彼女となり、水上さんは赤の他人となりました。君の持つ私との記憶のほとんどは魔法によって作り上げられた嘘なのです。

 私は本当に申し訳なく思っています。君の彼女になれたこの時間は私にとっては夢のような時間でした。しかし、君を騙しているということも事実です。私はその事実に少しの間だけだからと自分に言い訳をし、見ないふりをしてきました。本当にごめんなさい。私のわがままに付き合わせてしまい、本当にごめんなさい。

 この魔法には代償があります。私が死ぬと魔法が解け、運命の修復作用が発生し、その結果私という存在が消滅します。私が死ねば、君は元の運命に戻ります。君の幼馴染は水上さんであり、君の彼女も水上さんです。君の持つ私との記憶も消えてなくなります。私と過ごしたこの時間も、水上さんと過ごした時間に置き換わるでしょう。今後、君が私の存在を思い出すこともありません。星宮ミライはこの世界から消えてなくなるのです。

 この手紙に何を書こうと君が忘れてしまうということは分かっています。だから、これは私の自己満足です。それでも言わせてください。

 私は本当に君のことが好きでした。君の顔も声も優しさも、君の全てが大好きです。今まで私の嘘に付き合ってくれてありがとう。この時間は私の宝物です。そして、ごめんなさい。君の時間を奪ってしまい。水上さんにも謝ります。本当にごめんなさい。

 ユウト。私は君のことを愛しています。たとえ、君が私のことを忘れても、私の存在が無くなっても。いままで本当にありがとう。


この魔法はあと十秒で解けます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星宮ミライは魔女である 佐々木キャロット @carrot_sasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る