第8話

「・・・・・・」

疑う綺羅にシアンが呆れ顔をする。

「ふうん。・・・・・・。あと、白龍と私がくっつけられたのだけど、それってどうなったのかしら?」

「切り替えの早いお姫さんだ。本当は俺に聞かなくても分かっているのだろう」

「・・・・・・。私の中に居るってこと?」

綺羅は自分の胸に手を当てる。

「なんだ。分かっているじゃないか」

「意味がわからないわ。どうして私の中が、白龍の在るべき場所なの?」

「それは、白龍が黄金龍の一部だからだ。いくら俺でも、黄金龍の力を全部眠らせることはできない。だから、一部を切り離した。それが白龍の正体だ」

「それをタブンが元に戻したということ?」

「あぁ。ついでに、黄金龍の能力を切り離したら、紫金龍が青龍と赤龍になった。あの紫金龍は黄金龍に遣わされた龍なのだろうな」

「じゃあ、私を産んだ人と私に遣わされた龍ということ?」

「・・・・・・。おそらく。龍に聞いてみればいい」

「そうね。白龍が黄金龍に戻って、青龍と赤龍は紫金龍に戻った。これで、本当に黄金龍が蘇ったことになるのかしら。シアンを元に戻した黄金龍には、過去の記憶があったのでしょう。私は何も覚えていないわ」

黄金龍として力を発揮するには、まだ何か足りないのだろうか。綺羅は不安になる。

「それは違う。俺は妖魔王になるべく、黄金龍がこの世に現れる度に会ってきた。それぞれ、特殊な力を持っていた」

「治癒能力とかでしょう」

「そうだ。お姫さんの母は、記憶を操ることができた。だから、黄金龍の記憶を引き出せた。それだけだ」

「・・・・・・。そう」

綺羅は何ができるのだろうと考えて、何もないことに気がついて落ち込んだ。

「お姫さんはタブンの記憶というか、想いに引きずりこまれただろう」

「えぇ」

「それだ。相手の想いの中に飛び込む特殊な力があるのだ。だからこそ、ピックスのような能力に捕まりやすい。そういうことだろう」

「確かに闘いの最中に、相手の名前や想いが流れ込んで来たことはあるけれど、あれって黄金龍の力じゃないの?」

「少なくとも俺は、そんな力を持つ黄金龍に会ったことはない」

「そう」

「ついでに、お姫さんの想いの強さが能力に反映されるらしい。タブンと闘った時、勝てると確信した瞬間から能力が増した。だからこそ、タブンより高く飛び上がれたのだ」

「そうなの?」

「あぁ」

「傍観していたのね」

嫌なヤツ。と綺羅は呟く。だがシアンは気にも留めない。

「他に確認したいことはないか」

「え?」

「龍宮王夫妻の他に、遭難者と人間に戻った奴らを待たせている」

「え?早く言いなさいよ」

綺羅は慌ててベッドを降りる。

「あ、シャワー」

「だから、早く浴びろと言っただろう」

シアンは突き放したような言い方をするが、すぐに綺羅の身体を清める術をかけ、ついでに着替えも済ませてくれた。

「ありがとう。そういうとこ好きよ」

綺羅は満面の笑みでお礼を言うが、シアンは仏頂面のままだ。

「行くぞ」


シアンが綺羅に選んだのはベルベットのワンピースだった。ワインレッドカラーは綺羅も気に入っているが、襟元の白いレースと胸元の細いリボンが子供っぽくて袖を通していなかった。

シアンは、このワンピースが似合うぐらい綺羅が子供だと思っているのだろう。

共布のリボンで髪を纏めて、不機嫌なまま侍女の案内でボールルームへ向かう。

すると、隠れ家に来た時に見た時より倍以上の広さになっていた。

「いつの間に」

シアンの能力なら可能なのだが、改めて目にすると驚いてしまう。

ボールルームでは、ケンタウルスやパーピーにされていた者とその家族達が再会を祝してパーティーをしているようだった。

だが、よく見ればカトラリーを使わずに手づかみで食事をする者、床に寝っ転がっている者、テーブルに座っている者など、綺羅が初めて目にする作法だった。

「まぁ、お嬢様がいらっしゃると伝えておいたのに・・・・・・」

望月が慌てた。だが、綺羅は手でそれを止める。

「いいのよ。こういうのをお祝いの無礼講というのでしょう。久々に家族に会えたのだから好きなようにさせましょう」

綺羅は微笑むが、望月は納得がいかない顔をしている。

綺羅は望月と執事姿のシアンを従えてボールルームへ入った。

「皆さん、お食事は足りているかしら。食べたいものがあったら、遠慮無く仰ってくださいね」

綺羅はにこやかに告げた。

すると、細く青白い顔をした綺羅と同い年ぐらいの娘が鋭い眼差しを向けた。

綺羅はその顔に見覚えがあった。

パーピーとして綺羅に襲いかかって来た顔だった。

綺羅はドキッとするが顔に出さないように笑みを浮かべる。

しかし、娘は鋭い眼差しを向けたまま綺羅の前に立った。

「貴方、龍使いね。覚えているわ」

「そう」

「広くて暖かい家に保護して、豪華な料理を出して恩を売りたいのかも知れないけれど、礼は言わないわよ。私達は、龍使い様に返すものなんてないし。そもそも、龍使いは妖魔や妖獣に襲われた人を助けるのが仕事なのだから当然のことでしょう。私達が農作物を作るのと同じだわ」

「・・・・・・」

ものすごい剣幕でまくし立てられた綺羅は、返す言葉思い浮かばなかった。

綺羅は硬い土を耕して暮らしていることに驚きを覚えたし、その暮らしを続けていることに感嘆した。

「まぁ、お嬢様は恩を売るために貴方を助けたわけではありません」

望月が綺羅の後方から娘を叱った。

すると、娘の両親と思われる夫婦が飛んで来た。

「申し訳ございません。私ら学がないもので・・・・・・。礼儀知らずな娘でして・・・・・・」

夫婦はペコペコと頭を下げる。

しかし、娘はツンとしたままである。

「そんなにペコペコしないでよ。私達は龍使いや皇帝が生きるに必要な食べ物を作っているのよ。感謝されても、馬鹿にされる筋合いはないわ。それなのに、貴族達は私らをいつも見下して。この龍使いも同じよ。天だかなんだか知らないヤツに選ばれたからって偉そうに・・・・・・」

娘は悔しそうに両手を握りしめる。

「・・・・・・。私は龍使いですが、あの厳しい土地で農作物を育てている皆さんを尊敬こそすれ、馬鹿にしたりしません」

綺羅は言葉を選びながら告げた。しかし、娘は綺羅を睨む。

「こんな豪華な料理を出して、こんなに広い家に住んで何を言ってるの?」

「これは・・・・・・」

妖魔に出してもらったとは言えない。

「お嬢様は龍宮王家の方です。ですから、皇帝陛下が貴族並みの待遇を与えてくださっているのです。お嬢様が望まれたことではございません」

望月が助け船を出した。

「そう。だから何?龍宮王家に生まれたのも龍使いになれたのも貴方が努力したわけではないでしょ。たまたまじゃない。それなに贅沢して、私は他の人間とは違うって顔して。私達だって好き好んで妖魔に狙われたわけじゃないわ」

どうやら娘は一度口を開くと、ものすごい剣幕でまくし立てるようだ。

「えぇ、そうね」

どちらかというと、おっとりしている綺羅は苦手なタイプだった。だが、逃げるわけにはいかない。

「本当にそう思っているの?だいたい、妖魔から助けたから自分は良いことをしたと思っているのでしょう。でも違うわ」

「え?」

「私達には人間として生きていくことは、妖魔に妖獣にされたことと同じくらい地獄なのよ。それも知らずに、自分は良いことしたわっていう態度が気に入らないのよ。そんなに偉いなら、私達の暮らしをなんとかしてみせなさいよ」

娘が言い終わると娘の後方で見守っていた、若い男女達が「そうだ、そうだ」と言い始めた。

それまで、綺羅に向かって文句を言い続ける娘を宥めていた夫妻も、宥めるのを止めた。

確かに娘の言うとおりだった。

あの未開の土地で生きるのは過酷だ。

しかも援助はなく、誰にも助けを借りることもできないのだ。

ミュゲの街ではガラス職人が食器やアクセサリー作り、画家は絵を描き、デザイナーは服を作り、音楽家は演奏や作曲をして賃金を得ていた。

この人達に農作物を育てる以外に賃金を得る方法はないのだろうか。

しかし、綺羅は働いたことがないので何も思いつかない。

そこで耳元の六角柱からシャオレイが囁いた。

『剣を突き立てれば、みんなの願いが叶うよ』

そんなことができるのだろうか、と綺羅は不安に思う。

チラリとシアンを見るとシアンは片方の口角を上げて見せた。

綺羅は自信を得て深呼吸をする。

「シャオレイ。行くよ」

綺羅が声を掛けるとシャオレイが六角柱から金色の光が放たれ、ボールルームに広がった。

「なんだ」

「眩しい」

集まっていた人々が腕や手で目を覆う。

光が収まり目を開けると、そこは彼らが住む村だった。

「これが龍の力か」

「すごいな」

「やはり、天から遣わされた龍だ」

綺羅に詰め寄っていた娘も呆気に取られて、空を舞うシャオレイを見つめている。

人々は口々に褒めるが、彼らを連れて来たのはシアンの力である。

だが、わざわざ否定する必要はない。

『綺羅、剣を突き刺して願えば叶うよ』

シャオレイは本来の大きさで村を飛び回りながら、綺羅に説明をする。

村人達は生まれて初めて見る紫金龍に釘付けである。

その間に綺羅は左手を振ると黄金の剣を出し、地面に突き刺す。

すると金色の光が村を覆った。

綺羅は願う。

この土地が豊かになり、避暑に来た貴族達が農作物を買って行く様子を思い浮かべる。

村の人達が心身共に健やかになり、お腹いっぱいに食べられるように。

村人達の服は、街の人々と変わらない服になり、冬の厳しい寒さに耐えられるような暖かい家で暮らせるように。

療養所で軟禁状態になっている貴族の人達が、知識や技術を活かして村の人間として生活できるように。

綺羅は、思いつく限りの願いを込めた。

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