第9話

剣を抜くと村の景色が一変していた。

「なんだ。どういうことだ」

「俺の家が立派になっている」

「私の畑が・・・・・・」

「服が立派になってる」

人々は走り出した。

「どういうこと?」

綺羅にも分からない。

綺羅が頭で描いたように村人の家は街で見かけるようなレンガ造りになり、服は気候に合った厚手の綺麗な服に変わった。

さらに畑の土は耕され、頼りなく生えていた農作物は青々と生い茂っている。

そして、療養所の人々が外に出て来て村人達と何か話しをしていた。

「言っただろう。これが、お姫さんの力だ。」

何故かシアンは得意げな表情に見える。

「私の力・・・・・・」

綺羅には釈然としない。

「はぁ。想いが力になると説明しただろう」

シアンは呆れた口調になった。

「想いって、私の想ったことが実現できるということなの?」

「実際にそうだっただろう」

シアンは顎で村の様子を示す。

「そう。これが、私の力・・・・・・」

綺羅は夢を見ているようだった。

すると、綺羅に詰め寄っていた娘が走って来た。

痩せているのは変わらないが表情が生き生きしている。

「ごめんなさい。あんなこと言って。龍使いがこんなにスゴイなんて知らなかったのよ。噂では妖獣に傷を負わせるのが精一杯って聞いていたから、普通の人間より少し強いだけだと思っていたの。こんな、村を豊かにできるなんて思わなかったのよ」

相変わらず早口でまくし立てる。

「いいえ。いいの。それに、私ができるのはここまで。後は、みんなで協力するしかないわ」

「えぇ。頑張るわ」

娘は綺羅に手を差し出した。綺羅はその手を取り握る。

2人は同時に笑みを浮かべた。


その後、その村は農産業のパイオニアとして帝国で重要な拠点となった。

療養所に入れられて家にも帰れず、行き場を無くした貴族達は療養所で学校を開き、読み書きや礼儀作法を教えた。

さらに、裁縫の得意な貴族の女性は裁縫を、難しい書籍を理解できる男性貴族は農作業研究所を村人と開いて、新しい農作物の育て方の研究開発や土地に合った新しい農作物を探索することに成功したのである。

北の片隅にある小さな村はどんどん発展して行き、人々は餓える心配をすることもなく生活できるようになったのである。



黄金龍の新しい力を使った綺羅は、その後3日間寝込んだ。

黄金龍の力は体力を著しく消耗するらしい。

「お姫さんは、欲張りなだけだ」

綺羅が寝込んだ原因をシアンは「欲張り」と切り捨てた。

「欲張りってどういうこと?」

「あれもこれもと想いすぎだ。だから、体力を削られるのだ。想いは1つに絞らない長生きできないぞ」

「・・・・・・。あぁ、そういうこと。あれもこれもと想うと、全部を叶えるために力を使ってしまうのね」

「あぁ」

「だけど、あの村を救うには、あれでも足りないぐらいなのよ」

「だから人間は妖魔に襲われるのだ。欲がなければ襲われないものを」

「そうなの?」

綺羅はガバッと起き上がった。

「綺羅様。急に起き上がるのは身体に良くありません」

部屋の隅に控えていた望月が駆け寄った。

「大丈夫よ。それより、欲がなければ、というのはどういうことなの?妖魔は美しいモノが好きだから寄って来るのではないの?」

「その美しいモノを作る原動力はなんだ」

「原動力?」

綺羅は考えたこともなかった。

妖魔は美に魅せられて寄ってくるのだと思っていた。

見目麗しい人間、美しい食器や宝石、美しい絵画、美しい音楽、美しいダンス・・・・・・。

人間はともかく、美しいモノを生み出すのは・・・・・・。

「美しいモノが欲しい。手に入れたい。創りたいという思い?」

綺羅はチラリとシアンの顔を伺う。シアンは彫像のような顔をピクリとも動かずに

「それを欲望という」

「・・・・・・。まぁ、そうよね」

確かに人間の欲望から生み出されるモノ達ではある。

しかし美味しいモノが食べたい、綺麗な服を着たい、寒さをしのぐ家に住みたいというのは、本能的な欲望ではないか。

その欲望すら抱いてはいけないと言われたら、人間は生きていけないのではないか。

「まぁ、無理な事だろうな」

綺羅の思考を読んだようにシアンが言った。

「人間と妖魔達が共存することはできないのかしら。妖魔は必ず人間の生気や魂を食べないといけないの?」

「いいや。街に集まる人間達の生気を浴びれば十分だ」

「そうなの?」

「あぁ」

シアンはそれがどうかしたのか、という目で綺羅を見る。

しかし、綺羅は望月と顔を見合わせた。

「初耳だわ」

綺羅を初めとした龍使いは、ずっと妖魔や妖獣は定期的に人間の魂を喰わないと生きられないと教えられていたのである。

「だったら、共存は可能ということ?」

「欲望を封じられればな」

「あ、そうか・・・・・・」

共存の道が見えたと思った綺羅だが、不可能な問題にぶつかってしまった。

「あまり壮大な願いは抱かない方がいい。死ぬぞ」

シアンは呆れたように言うと姿を消した。

「まったく、言いたい放題言って・・・・・・」

望月はシアンが消えた方向を向いて睨み付ける。

「ところで、綺羅様は何を考えておられるのですか」

望月は綺羅に寝るように促しながら訊ねた。

「なんとか皆が上手く共存できないかと思って」

綺羅は考えていたことを素直に言うと、望月は呆気に取られたような顔をした。

「・・・・・・。いくらなんでもそれは難しいかと。あの男が言う通りなら、本能的な欲望まで抑えることは不可能ですよ」

「そうなのよね・・・・・・」

綺羅はがっかりした顔をする。

「それより綺羅様。龍宮王夫妻をずっとお待たせしているのですよ。早く元気になってください」

「えぇ。そうね」

綺羅は忘れていたことを悟られないように笑顔を見せると、目を瞑った。



綺羅は体力が回復すると、知らないうちに出来ていた離れに向かう。

望月が皇帝陛下に黙って連れてきた龍宮王夫妻と会うためである。

綺羅は緊張した面持ちで望月とシアンを伴って龍宮王夫妻と面会をした。

綺羅は龍宮王夫妻の向かいに座り、望月とシアンは綺羅の後ろに立つ。

「まぁ、綺羅。力が戻ったのね」

綺羅の姿を見た王妃は喜びの表情を見せた。

一方、龍宮王は一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに威厳に満ちた表情に戻る。

綺羅は1ヶ月の間に龍宮王が痩せてしまったことに驚いた。

「綺羅、手の甲を見せなさい」

龍宮王に言われて綺羅は立ち上がると龍宮王の右に立ち、手袋を取って手の甲を見せた。

「やはり姉上と同じだな」

龍宮王は弱々しく呟くと戻るように手を振った。

「シアン」

龍宮王はシアンに声をかけた。

「なんでしょう」

シアンは綺羅の後ろから返事をする。

「黄金龍の力は封じられなかったのか」

「えぇ、あのままでは姫の精神が崩壊するところでした」

「そうか。やはり無理だったか」

龍宮王は何度も頷いた。

「やはり無理に封じる必要はなかったのですよ」

王妃は哀れむように綺羅を見つめる。

「しかし、姉上のように帰る場所を失い、妖魔王と一緒に暮らすような生活をして欲しくなかった。だから、龍封じの術を持つ長老に黄金龍を封じさせたのだ。綺羅の目と髪は金色ではなくなったから安心していたのだ。だが、長老は巨大な力を持つ黄金龍を封じた直後に亡くなって、綺羅が歩き始めた直後に黄金龍の力が目覚め、妖魔と龍が睨み合う事態になった。そこに現れたシアンが黄金龍を封じてくれたから、姉上と同じ道を綺羅は歩まずに済むと思ったのだが、やはり無理だったか」

独白のような龍宮王の説明を聞いて、龍宮王が自分に厳しかったのは、黄金龍の力に頼らなくても龍使いとして生きていけるようにしてくれていたのだとようやく理解した。

「陛下、私が黄金龍の使い手だと知っていたのは、陛下と王妃様、亡くなった長老と望月、シアンの5人ということですか。他の龍使い達は知らなかったのでしょうか」

綺羅の質問に龍宮王夫妻が顔を見合わせ、王妃が答えた。

「私達と長老、シアンだけよ。望月はいつから知っていたのかしら」

「え・・・・・・?」

望月は綺羅が黄金龍の使い手だと確信して、書物を調べたと言っていた。

綺羅は望月の方を振り返ったが、望月はいつものように、しかつめらしい顔をして立っている。

「黄金龍について記載された書物があるのなら、私が黄金龍の使い手だと分かるのではありませんか」

望月は王立図書館で働いた後、綺羅の乳母になったのだ。自分で気がついたのかも知れない。

「いいや。黄金龍についての記述は私の黒龍こくりゅうが持っている。望月は読むことができない」

龍宮王の黒龍を扱えるのは、龍宮王だけである。

望月がどうやって綺羅が黄金龍の使い手だと知ったのか、黄金龍の情報をどこから得たのか。

綺羅と龍宮王夫妻は疑問に思う。

「望月が乳母になったのは私もおかしいと思っていたのよ。望月は自分の龍を失った後、龍使いそれも龍の骨で創った剣で結界を張る名手。それで記録係になったのよ。誰かの世話をしたこともない人が乳母になれるわけがないでしょう」

王妃の言い分には筋が通っている。

「確か、ガルシャム皇帝がクーデターを起こした直後に、妖獣が暴れた時のメンバーに望月がいたな」

シアンが皮肉るように言った。

「それで望月は皇帝陛下をよく褒めているのね」

綺羅が何気なく発言した言葉に龍宮王夫妻は驚いた。

「本当か綺羅」

先程までの弱々しい声ではなく、力のこもった声で龍宮王が訊いた。

「え?は、はい。よく、皇帝陛下の有能さを話しておりました」

綺羅の説明に龍宮王は苦々しい顔をした。

「あの皇帝は綺羅が幼い頃から度々、嫁に迎えたいと言っていた。それは、お前を王妃に迎えることで、世界を支配するためだ」

「えぇ、皇帝兄様がそんなことを?」

「お前の前では、良い顔をしていたのだろうが、皇帝は本気で世界に君臨しようとしている。実際、綺羅を嫁にするわけにいかないと、断り続けていたら儂の病気を理由に療養という名の軟禁を強いてきたぐらいだからな」

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