第7話

「シアン」

「呼んだか」

「・・・・・・。あぁ、ここは・・・・・・」

綺羅が目を開けると、隠れ家のベッドだった。

「隠れ家だ。風呂に入るなら沸いている」

当然のことのようにシアンが言った。

「えっと・・・・・・。今は1人にして」

綺羅は右手を額に当てて表情を隠した。

今は頭の中を整理したかった。

「わかった。何かあれば俺か望月を呼べ。龍宮王夫妻を無事に連れて帰って来た」

「・・・・・・。そう」

綺羅は、あぁそうだった、と思い出す。

何がなんだかわからない。

未だに、タブンの意識が生々しく残っている。

漆黒の妖魔はシアンだった。

そして、再会してシアンを元に戻した黄金龍は、綺羅がピックスに掛けられた夢幻術で会った黄金に輝く美女だった。

だが、あの黄金龍が綺羅を生んだ母なのかまではわからない。

妖魔の一生は人間よりもずっと長いのだ。

しかし、シアンが一時的に半妖だったということも驚きである。

「だから、すぐ居なくなるのね」

妖魔との闘いになるとシアンはすぐに姿を消す。

何故だろうと思っていたが、あのような過去があったからなのだと合点がいった。

「・・・・・・」

綺羅は身体を起こし、ふと自分の考えに疑問を感じる。

一時的に半妖だったとはいえ、今は妖魔に戻ったのだから、逃げるようなことをしなくてもいいはずなのだ。

「以外と繊細なのかしら?」

過去に馬鹿にされたことが傷になっているのだろうか。

いや、妖魔はそんなことを気にするのか?

万能に近い妖魔なら、腹いせに相手を消滅させることだってできる。

「うーん」

考えているうちに気持ちが悪くなって来た。

綺羅は目を瞑った。

『綺羅大丈夫?』

声を掛けられて目を開けると、小さな紫金龍が心配そうに綺羅を見つめている。

「あぁ、そうだった・・・・・・」

こっちの問題もあったのだと思い出す。

「ねぇ、えっと・・・・・・」

なんと呼べばいいのか綺羅は戸惑う。

『シャオレイ』

紫金龍が察したように答えた。

「シャオレイ?」

綺羅は首を傾げる。

『そうだよ。僕、シャオレイっていうんだ』

「そう。シャオレイというのね」

綺羅は青龍と赤龍と、言葉が交わせるようになってから、適当に名前をつけたことを後悔していたのだ。道具のような名前ではなく、もっと真剣に名前を付けるべきだったと。

シャオレイは嬉しそうにフワフワと漂っている。

それを見て綺羅は少し寂しさを感じた。

青龍と赤龍は追いかけっこをするように2匹で飛び回っていた。綺羅はそれを見ているのが好きだった。

「シャオレイは青龍と赤龍の本当の姿なのよね」

『そうだよ。ありがとう綺羅』

「私は何もしてないわ」

綺羅はふと左手を見る。

黄金の剣は消えていた。だが、タブンに黄金の剣と左手をくっつけられたはずだった。

「ねぇ、白龍はどうしたのかしら」

『白龍は在るべき場所へ還ったよ。だから、僕たちは本当の姿に戻れたんだ』

「え?」

白龍や自分自身のために黄金の剣を振っていないのに、そんなことが起きるのだろうか。

そういえば、左手と黄金の剣をくっつけられた後、タブンを消滅させた一撃を与える時、一蹴りであそこまで飛べた。

それも綺羅自身が龍になったようにスッと舞い上がることができた。

ドクン。

強い鼓動に綺羅は胸を押さえた。

まるで何かを主張するように鼓動が跳ねた。

「白龍?」

綺羅は何故か白龍が自分の中にいる気がした。



綺羅がケンタウルスやタブンと対峙していた頃、ガルシャム帝国では望月と龍宮王夫妻が再会していた。

「綺羅様のお申し付けにより、ご夫妻をお迎えに上がりました」

望月は恭しく挨拶をする。

「そうか。綺羅も何かに気がついたのか」

龍宮王は満足そうに頷く。

「綺羅は無事なのですか。怪我はしていませんか」

王妃は母親の表情で訊ねた。

「綺羅様は、ご自分で封印を解かれ黄金龍の力で民を救っておられます」

望月は機械的に報告をした。

龍宮王夫妻は驚きを隠せない。

「まぁ、封印を解いたのですか」

「黄金龍の力を使えるようになったのか」

「はい。それは見事に」

望月はまるで目の前で見てきたように答えた。

「あの妖魔はどうした。一緒ではないのか」

龍宮王は興奮気味に訊ね、王妃は龍宮王を宥めるように王の背中に手を当てた。

「あの妖魔なら、綺羅様と行動を共にしています」

「そう。それなら安心ね」

王妃は同意を求めるように龍宮王を見、王も頷いた。

「では、これからお2人をご案内いたします。準備はこちらの者達へお申し付けください」

望月はシアンの傀儡である侍女達を紹介する。

「そう。ありがとう。ところで望月。貴方はどういう経緯で綺羅の乳母になったのかしら」

王妃は穏やかな表情のまま望月に訊ねた。

「私に尋ねられても分かりかねます。突然降って湧いた話でしたから。ですが、今はこの上ない幸せと感じております」

望月は丁寧に答える。

王妃は穏やかな表情を崩さずに頬に手を当てる。

「王と話しをしていたのよ。綺羅を引き取ると決めた時、どこから望月を乳母にする話が出たのかしらと。私は王から聞いたような気がしたけれど、王は私から聞いた仰るの。どちらが本当だと思う?」

「さぁ、私には分かりかねます」

「望月、貴方は乳母になる前はどこで働いていたのかしら」

「私は遣わされた龍を亡くしてから、王立図書館で記録係をしておりました」

記録係とは龍使いが、どこからの依頼で派遣され、妖獣や妖魔とどう闘ったのか、事細かに記録する係である。

時には証言を取るために、派遣先まで赴くこともある。

これらの記録を取っておき、必要経費を相手に請求し、後輩が同じような依頼を受けた時の参考にするのである。

「そう。侍女の経験もない貴方がどうして綺羅の乳母になったのかしら。本当に不思議ね」

ほほほ、と笑う王妃と厳しい目を向ける龍宮王。

だが、望月はいつものポーカーフェイスを崩すことはない。

「ご夫妻は何か私をお疑いのようですが、私は綺羅様を裏切るようなことはありません。私の命は綺羅様に預けておりますし、綺羅様以外の命令を聞くことはありません」

望月はきっぱりと宣言した。

「まぁ、望月。疑っていたわけではないのよ。気分を害したのならごめんなさいね。でも、綺羅をそこまで思っていただけているなら私達も安心だわ。ねぇ」

「あぁ、これから本当の試練が始まる。頼むぞ。望月」

「承知いたしました」

望月は一度、龍宮王夫妻の前を辞した。

傀儡の侍女に指示を出しながら龍宮王夫妻の動きを目の端で追う。

相変わらず王妃の言動は読めないと思う。

龍宮王は直情的なので分かりやすい。だが、王妃は違う。

いつも穏やかな表情をしているが、幼い綺羅を気分によって甘やかしたり、突き放したり、人前では賞賛したり、綺羅を翻弄してきたのである。

王族とはそういう生き物なのだといえば、そうなのだろう。

だが、王妃のなぎは元龍使いで、派遣先で龍を亡くした。

その後は、龍のヒゲで作った糸のような武器を使って、龍使い兼女官として龍宮城で働き龍宮王に見初められたのである。

龍使いになる前は孤児院に居たらしい。

それが、龍宮王よりも王族らしい振る舞いができるのが望月は不思議でならない。

「では、参りましょう」

傀儡達の手にかかればかさばる衣裳も瞬時に隠れ家に送ることが可能だ。

あとは、龍宮王夫妻だけである。

「そうか。元々ここに長居をするつもりはなかったからな」

「えぇ、用事も済みましたし。参りましょう」

王妃が手を貸して龍宮王を立ち上がらせた。

望月が合図をすると侍女達が龍宮王夫妻と望月を囲むように立ち、隠れ家へ飛んだ。



「おい、いつまで寝ているつもりだ。何か食べろ」

ノックもせずに綺羅の部屋に入ってきたシアンはサイドテーブルに食事を置いた。

「あぁ、ありがとう。ちょうど良かったわ。いろいろ聞きたいことがあるのよ」

「食べてからだ」

シアンは素っ気なく言うと姿を消した。

仕方なく綺羅は食事をする。

だが、頭の中ではいろんなことが渦巻いて、味が分からなかった。

綺羅が食事を終えた頃を見計らってシアンが姿を現した。

「何が知りたい。タブンの意識で見聞きしたことは事実だ」

「そう。・・・・・・じゃあ、シアンを元に戻した黄金龍は誰?私を生んだ人なの?」

綺羅はずっと気になっていたことから訊いた。

「あぁ、そうだ」

「・・・・・・。じゃあ・・・・・・。シアンが私の・・・・・・。お父さん!?」

綺羅が俯いて恐る恐る訊く。

シアンは額を押さえて上を向き、溜息を吐いた。

妙な色気が出ていて綺羅は困惑する。

父親かも知れない人にときめいても仕方がないのに・・・・・・。

「そんなわけがあるか」

「え、違うの?」

綺羅はパッと顔を上げてシアンを見つめる。

「当たり前だ。黄金龍だった母と妖魔王は消滅したと聞いただろう」

「・・・・・・。そういえば、そうだった。じゃあ、シアンは妖魔王ではないの?」

「何度も言っているだろう。まだ、妖魔王じゃないと何度も言っている」

ムスッとしているシアンは氷の彫像のように美しい。

「あぁ・・・・・・。そうだった。え?どういうこと?」

綺羅は混乱して来た。

「俺は妖魔王の素養がある。だが、まだ妖魔王ではない。それだけだ」

「・・・・・・」

シアンに無理矢理終わらされて、綺羅は唖然とする。

だが、すぐに疑問を思い出す。

「ねぇ、シアンが妖魔との闘いになるといなくなるのは、半妖だった頃に嫌な思いをしたから?」

「違う。お姫さんなら俺がいなくても妖魔を倒せるからだ」

「危険な目に遭っても助けてくれなかったじゃない」

「助けを呼ばなかっただろう」

「本当かしら?」

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