第6話
「貴方、誰・・・・・・」
綺羅は後方へ飛び退き、距離を取る。
「僕?タブン」
紺碧の色彩を纏う妖魔はあっさり名乗った。
「・・・・・・。嫌な名前」
綺羅は先程のパーピーやケンタウルスを前にした時より、冷静だった。
妖魔を前に冷静になれるとは、やはり人間ではないのかも知れないと自分を嘲笑う。
綺羅の口元に笑みが浮かんだのを見たタブンは、さらに不機嫌な顔をする。
「何?ずいぶん余裕そうだけど、僕強いよ」
「余裕なんかないわ。私、貴方の情報、何も持ってないもの」
「へぇ、そうなの。可哀想」
ちっとも可哀想とは思っていない軽い口調。そのうえ、ずっと何かリズムでも取っているかのように身体を揺らしている。
落ち着きがないらしい。
「まぁ、いいや。僕のことを知らないなら」
タブンは呟くと、ふわりと舞い上がる。
「青龍、赤龍」
綺羅は反射的に龍達を呼んだ。
「ワオ!すごい龍だね。」
タブンは大きな青龍と赤龍を見てもどこか余裕の表情だ。
黒に近い色彩を纏う妖魔ほど、能力は高く強い。
タブンの表情は自信に溢れている。
綺羅は心の中で白龍を呼ぶと左腕を振る。
「黄金の剣か。忌々しい」
タブンは舌打ちをするが、表情は余裕そのもの。
「じゃあ僕はこれで勝負だ」
タブンが宣戦布告をした途端、タブンの両腕が膨らみ始め一回り以上太くなった。
「何?」
怪訝な表情をする綺羅に青龍と赤龍が叫んだ。
『綺羅、腕に触れちゃだめ』
『何かとくっつけられちゃう』
「わかった」
綺羅は青龍と赤龍に向かって頷く。
だが、タブンの腕がグーンと伸び、綺羅を捕まえようとする。
綺羅は寸でのところで、後方へ飛ぶと青龍が背中に乗せてくれた。
「ありがとう」
青龍を撫でた。一方、赤龍はタブンに向かって炎を吐く。
「あちっ」
赤龍の炎を少し浴びたらしいタブンの片腕が細くなった。
しかし、すぐに元に戻る。
綺羅は意識を集中してタブンを見つめる。
シアンとの訓練で、相手の弱点が読めるようになったのだ。
タブンの弱点は人間の肩にあたる部分と頭頂部らしい。
綺羅は黄金の剣を構えて、タブンの肩に狙いを定める。
すると、タブンは「アチッアチッ」と言いながらも綺羅と目が合うと片腕を思いきり伸ばしてして来た。
「腕が・・・・・・」
青龍に乗って逃げる綺羅をタブンの腕が追いかける。
綺羅は青龍の背で立ち上がって振り向くと、剣先を腕に向ける。
剣先を向けられたタブンの腕は、途端に伸びなくなった。だが、「ブシュッ」という音がしたと思うと、綺羅めがけて腕の欠片が飛んで来た。
「何?」
綺羅は咄嗟に青龍の背に抱きつくように伏せる。
青龍にぶつかったタブンの腕は、青龍にくっつくとドロッとした液体になって垂れ下がる。
「スライム?」
綺羅は、文献の中にそのような物体のことが書いてあったことを思い出した。
このスライムのような物体で、タブンは人と馬、人と鳥をくっつけるらしい。
青龍は飛んでくるスライム目がけて滝のように水を吐く。その水を自らの体にもかけてスライムを落とした。
綺羅は龍達の邪魔にならないように地上に降りた。
「邪魔な龍だな」
タブンは赤龍の炎や青龍の水を避けながら飛び回っていた。だが、青龍と赤龍の攻撃を同時に受けているタブンは不利だ。
タブンは両腕を合わせると腕が1つになった。
自分の体までくっつけられるのか、と綺羅が驚いているとタブンは青龍と赤龍の攻撃を躱しながら、青龍と赤龍を捕えては、体にスライム状になった腕を巻き付けていく。
「赤龍、青龍」
どうすることもできない綺羅の前で、青龍と赤龍はタブンの腕に巻き付けられてしまった。
胴体を巻き付けられた青龍と赤龍は苦しそうにもがく。
『綺羅苦しいよ』
『綺羅助けて』
会話ができるようになって青龍と赤龍が、今まで以上に近くに感じて可愛くて仕方が無い。その青龍と赤龍が苦しんでいる。
可哀想で見ていられない。元に戻してあげなければ。
「青龍と赤龍、有るべき姿に戻って」
綺羅は強く念じながら黄金龍を振るった。
その途端、青龍と赤龍がいた場所に竜巻が起きた。青と赤、金の光が混ざりながら天へ伸びて行く。
一瞬の間があって、金色の粉が降って来た。
「チェッ。余計なことしちまった」
タブンは腕を元に戻した状態で天を仰ぐ。
「・・・・・・」
綺羅には何がなんだかわからない。
そこへ、紫金龍が舞い降りて来た。
『綺羅のおかげで本当の姿になれたよ』
一匹の龍が嬉しそうに言った。
「青龍と赤龍なの?」
『そうだよ。ねぇ、綺羅。コイツ喰っていい?』
紫金龍はタブンを見て口を開けた。
「ダメよ。私の相手だもの」
綺羅が戸惑いながら答えると、紫金龍はガッカリしたように項垂れた。
青龍と赤龍は妖魔を喰うことができなかった。だが、本当の姿になった紫金龍は妖魔を喰うことができるのだろうか。
わからないまま、妖魔を喰わせて紫金龍を失うことになるのは嫌だった。
「闘いの最中に考え事なんて余裕だね」
気がつくとタブンが綺羅の正面にいた。
しまった。
綺羅がそう思った時には、タブンの片腕が伸びて来た。あっという間に、左手と黄金の剣をスライム状になった腕に、ぐるぐる巻きにされた。
くっつけられた、と悟った瞬間、綺羅の心臓がドクンと跳ねた。
「痛い」
思わず綺羅は右手で胸を押さえ、少し前屈みになって耐える。
すると、腹の底から何かが湧き上がって来るのを感じた。
そして急に、タブンに勝てるという確信が持てた。
綺羅は身体を起こすと、右手で黄金の剣に巻き付くタブンの腕を掴むと引きちぎった。
「なかなかやるじゃん」
タブンは片腕を元に戻すと、天に向かって飛び上がった。
「逃がすか」
綺羅はスライム状の腕が巻き付いたままの左手と剣をタブンに向け、地を蹴る。
綺羅は元々右利きだ。今でも食事をする時や文字を書く時は右手を使う。
だが、龍宮王に利き足が左だから左で剣を使うように指導されて以来、闘う時は左手を使う。小柄な綺羅が戦闘時に力をより発揮させるには、左足に乗った力を使って攻撃するのが効率的かつ効果的なのだ。
一蹴りでタブンを追い越す高さまで飛んだ綺羅は、タブンの脳天めがけて黄金の剣を突き立てた。
黄金の剣から光が放たれ、巻き付いていたスライム状の腕はもちろんタブンも消滅した。
それで終わるはずだった。
ところが綺羅は、タブンの意識の海へ引きずり込まれた。
タブンは人間が発する生理的な欲求が好きだった。
「食べたい。もっと食べたい」
「おいしいものをお腹いっぱい食べたい」
「酒がもっと飲みたい。もっと、もっとだ」
「若い女が欲しい」
「色気のある女を自分の物にしたい」
人間はしょせん、欲の塊でできた生き物だ。
それなのに、表面上では欲の欠片も持っていないように着飾り、すました顔をしているのが気に入らない。
そのうえ、大した力もないのに妖魔や妖獣に「気味が悪い」と汚いモノを見るような目を向けるのが許せなかった。
タブンは目を付けた人間が抱く、欲望を具現化したような動物とくっつけて、妖獣にして遊んでいた。
さらに妖獣と化した人間には、人間だった頃の記憶をわざと残しておき、絶望する様を眺めた。
どんなに苦しんでも、妖獣になった彼らに自死という手段は選べない。
「次は何にしてやろうかな」
目下に見える灰色の街を見下ろしながらターゲットを探し始めた。
タブンが好むのはミュゲのような華やかな街ではない。
栄えた街には生理的な欲求を強く抱く人間が少ない。
だから、開拓地や廃れた街をターゲットにしていた。
そんなタブンを、いつも冷ややかな目で見る妖魔がいた。
漆黒の色彩を纏い妖魔王に最も近いと言われる妖魔である。
己が優れていることをいいことに、妖獣どころか妖魔を見下してくる。
「そんな幼稚な術で遊んでいると人間に馬鹿にされる。やめろ」
人間は妖魔の支配下にあり、世界は妖魔が導く。
それがこの妖魔の持論だった。
だが、タブンや他の妖魔は人間に馬鹿にされるのを嫌うが、人間を支配する気も世界を動かす気もない。
自分が楽しければそれでいい。
ただ、それだけだ。
それにも関わらず、この妖魔は説教をしてくる。
気に入らない。
タブンはいつか、この妖魔に一泡吹かせてやろうと機会をうかがっていた。
そして、その時が来た。
漆黒の色彩を纏う妖魔が、あろうことか黄金龍をかばって瀕死の状態になったのである。
ちょうど通りかかったタブンは、瀕死の妖魔に強欲な人間達の魂を入れた。
タブンも漆黒の妖魔と同じくらい、いろいろなことができる。
その能力の中でも、漆黒の妖魔に勝てるのは接着能力だった。
妖魔の身体に人間の魂を「くっつける」ことは他の妖魔にはできない。
だから、タブンに人間の魂をくっつけられた漆黒の妖魔の顔は見物だった。
漆黒の色彩を纏う妖魔は、人間の魂を入れられたために半妖となってしまった。
黄金龍に出会え、妖魔王になる目前だったのに残念。
そう
それから百数年後、この世界に黄金龍が再び現れた。
執念で黄金龍を探し当てた漆黒の妖魔は、黄金龍の前に姿を現した。
「お前は我を助けて半妖になった妖魔か」
驚いたことに黄金龍は漆黒の妖魔に助けられたことを覚えていた。
「あぁ。そうだ」
あんなに必死に探していたのに、漆黒の妖魔は素っ気なく答える。
「だったら、元に戻してやろう」
黄金龍は漆黒の妖魔を蘇らせたのである。
「余計なことを・・・・・・。」
タブンが蘇った妖魔を見つめると、綺羅の意識もその妖魔へ向いた。
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