第3話 夫の帰宅《修正済》

何で?

優太朗が帰宅してくるの?

仕事に行ったはずでしょ?


「京花、京花……。やっぱり、寝てる」


優太朗は、ベッドにやってくるとガサゴソと何かを漁っている。


「京花……。冷えリン買ってきたよ。おでこに貼るからね」


今、起きたフリをしながら私は薄目を開ける。


「う、うーーん。あれ、優太朗。仕事じゃなかった?」

「今日は、昼までで上がる予定だったから、出社してすぐに帰ってきたんだよ。京花が熱を出すなんて、ほとんどない事だろ?だから、心配で心配で仕方なくてね……」


私は、優太朗の優しさが好き。

冷えリンを貼る優太朗の手をそっと握りしめる。


「優太朗……。私が悲しい?」

「当たり前だろ!!何言ってるんだよ。俺は、京花とずっと生きていたいんだよ」


優太朗は、ポロポロと泣き出した。

泣き虫なのは、相変わらず。

が亡くなった時も黙って静かに泣いていたのを思い出す。


優太朗……。

私にをいつするの?

彼女が私に会いに来てが経っても優太朗は私にを切り出さなかった。

あの日、彼女が私に会いに来たのは、に入ったからだ。

だったら、早くしなくちゃいけないんじゃないの?

優太朗は、私の頭を優しく撫でる。


「京花……。お願いだから、

「何それ……。風邪ぐらいで死なないから大丈夫よ」

「風邪ぐらいなんて言っちゃいけないよ。風邪で亡くなる人だっているんだから……。無理して、こじらせたら大変な事になるんだよ」

「わかってる」


私は、優太朗に優しく微笑む。

今は、この優しさが

裏切られているのをわかっていながら……。

何も知らないフリを続ける事が


「お粥作ってあげるから、食べれる?」

「今は、まだ寝ようかなって思ってる」

「わかった。お腹すいたら言ってよ。俺は向こうで、仕事してるから」

「あのさ……。優太朗」

「うん?どうした?」


彼女がしてるって言ってたけど、本当にあなたの子なの?

私と別れて彼女としようと思ってるの?

いつから、彼女と付き合ってたの?

なの?

私よりの?

死ぬ前に聞きたかった言葉が溢れてくる。

私は、そのを飲み込んだ。


「ううん。何でもない」

「嘘だろ?京花。何でもないって顔してないよ。言ってみて?」


優太朗の大きな瞳は、私を覗き込む。

私は、深呼吸をしてから優太朗を見つめる。


「もしも、誰かが私を殺す事があるとしたら、優太朗、


意味のわからない言葉に優太朗の瞳の中にある大きな黒目がクルクルと回転するように動く。


「ごめん。何言ってるんだろう。今朝、殺される夢見て起きたからかなーー。ハハハ、気にしないで」


あまりに酷い言い訳を並べて笑った。


「それで、汗びっしょりだったのか?京花がいなくなった後、枕が濡れてたから……心配してたんだよ」


優太朗は、酷い言い訳を否定する事なく信じてくれたようだった。

優しい人……。


「どうせ、知らない誰かに殺されるなら優太朗の方がいいって思っちゃったの。ハハハ」


私は、無理矢理笑ってみせる。


「俺は、京花を誰にもから……。だから、京花には、。その為なら、俺……。から……」

「夢の話だよ!何で、そんな真面目に……」


優太朗は、私の唇にゆっくりと唇を重ねてくる。


「風邪うつるから駄目だよ」

「いいよ。京花の風邪ならいくらだって、うつっても……」


【優太朗さんはね……優しくしてくれるんです。奥様なら知ってますよね。優しくて丁寧に……】


「ごめん……。体調悪いから……」


背中に回されそうになった優太朗の手を止める。

さっきのの言葉が頭の中を回ったからだ。


「俺の方こそ、ごめんな。熱があって休んでるのに……。無理させるとこだったよな」

「ううん。大丈夫」


今の私には、優太朗の優しさが痛くて辛い。

優太朗を失うなんて考えたくない。

だから、どうか


「お腹すいたら言って、お粥作るから……」

「わかった。ありがとう」


優太朗は、寝室を出て行った。

パタンと閉じた扉の音が、乾いたに響く。

どうしても、優太朗を失いたくない。

だって、優太朗を失う痛みの方が、より辛い事がわかってるから……。

私は、優太朗のに残り続けたい。

に何かしてやるもんか……。


寝室のクローゼットをゆっくりと開ける。

衝動的にように、私は丁寧に丸めて収納していたを取り出した。


「これにかけておこう」


使っていないハンガーにわざとらしく吊るす。

優太朗が私をと思った瞬間にすぐに取れるようにしておいた。

クローゼットの扉を閉めて、明日までに風邪を治さなければならないと思っていた。

ベッドに横になり、スマホで検索をする。


【夫に言ってはいけない言葉】


スクロールをしながら、確認する。

これは、優太朗に使えそう。

「あなたの稼ぎが悪いから……」優太朗は、出世出来ない事を嘆いていたから使える。

「背が低い」優太朗は、172cmしかない事を気にしていた。

私は、気にならないけれど……。

これも、優太朗には使える。

「太っている」も使えるわ。

最近、お腹が出てきた事を気にしていたから……。

これも、優太朗が怒るキーワードになるわね。


優太朗……。

どうか、あなたが私を殺して。

あの女に殺されるのだけはいや。

だから、あなたの手で……どうか私を……。


「京花、大丈夫?」


私は、スマホを枕の下に隠して寝たふりをする。


「熱下がったかな?」


優太朗の手は、少しひんやりとしている。


「まだだな……。京花、ごめんな」


私の頬にポタリと何かがあたる。


「本当に、ごめん」


優太朗が、頬の何かを拭っている。

これは、たぶん涙だろうか?

目を開けたくても、開けられない。


「こんな事になるなんて思わなかったんだ。初めは、軽い気持ちだった。自分が楽になりたかっただけなんだ。途中でやめればよかったのに、引き返す事が出来なくなったんだ。そのせいで、酷い事になって……」


優太朗は、いったい何の話をしているのだろうか?

もしかして、彼女の事だろうか?

妊娠した事を彼女から聞いたのだろうか?


「ごめん。しんどいのに、こんな話して……。でも、京花。お願いだから、死なないで欲しい……」


死なないでって……。

大袈裟な事を言ってる。

それって、まさか……。

私が、殺されたのをわかってるって事?


「何をするかわからないぐらいだったから……。気をつけて欲しいんだ。って、寝てるから聞こえてないよな」


何だ……。

彼女の様子がおかしかっただけなのね。

てっきり、優太朗もあの日のかと思った。


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