第2話 夫の不倫《修正済》

残された【時間】は、後3ヶ月。

こんな状況で、パートである弁当屋さんになんて行ってる場合じゃない。

私は、パート先に連絡をして辞める事を伝えた。

1日たりとも無駄には、出来なかったからとっさに嘘をついた。


パート先には、「急に言われても困る」と何度も言われたけれど……。

私が18歳の時にとっくに亡くなっている父親をつかって、父親が危篤だと告げると、店長はもう何も言わなくなった。

どうにかして【死】の未来を回避する為に私は動き出す事を決めた。


しかし【死】の未来を回避するというのは大袈裟だ。

私は、に殺される未来を回避する事だけを考えている。

私がここに戻ってきた理由は、に殺してもらう為……。

もう二度と優太朗と一緒にいれないのなら……。

私の最期の瞬間まで優太朗のに焼き付けておきたい。

その為に、出来る事をしなければならない。

有難い事に、私には過去の記憶がある。

一つ、一つ思い出せばどうにかなるはず!!


私は、彼女が会いに来た日の事を思い出すようにゆっくりと目を閉じる。


2023年9月9日。

私の元に突然優太朗の愛人と名乗る人物が現れた。


「いらっしゃいませ。ご注文は、お決まりでしょうか?」

「唐揚げ弁当を一つ下さい」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

「あの、少しいいですか?」

「えっ?はい」


可愛らしい女の人は、唐揚げ弁当を用意しに行こうとした私を呼び止める。


「あの、お仕事が終わってから、お話があるのですが……。何時に終わられますか?」

「あっ、えっと……。後、30分ぐらいです」

「それじゃあ、あっちの公園で唐揚げ弁当を食べて待っていますので」

「あっ、は、はい」


私は、急いで唐揚げ弁当を用意して彼女に渡す。


40分後ーー

私は、彼女に指示された通りの公園に向かった。


「すみません。遅くなってしまいまして」

「いえ。大丈夫ですよ。ゆっくりお昼ご飯を食べられましたから……」


彼女は、笑いながらゴミ箱に弁当のゴミを捨てる。


「優太朗さんと一緒になる為には、こういう味も覚えなくちゃいけないですよね」

「えっ……?」

「あーー、ごめんなさい。私ったら、話をする前にこんな事を言ってしまいました」

「いったい何のお話でしょうか?」


私は、彼女を優太朗のストーカーか何かだと思っていた。

だから、強気で言ったのだ。

そんな私の言葉に彼女は眉毛をピクリと動かして……。


「優太朗さんと別れていただけますか?」


彼女はベンチから立ち上がり、私にゆっくりと近づいてくる。


「どうして……別れなきゃならないの」

「妊娠してるからに決まってるじゃないですか……」


彼女は、高らかに笑いながら私がずっと欲しいと望んでいた母子手帳それを見せつけるように差し出してくる。

私は、受け取って中身を確認する。

そこに挟んであるエコー写真には、ハッキリと赤ちゃんが映っていた。


「優太朗の子供かどうかわからないじゃない。これが、何の証拠になるのよ」

「そんなにヒステリックに声をあらげないで下さい、奥様」


私の事を見つめながら、彼女は鞄からスマホを取り出す。


「優太朗さんは、消しているかも知れませんから……。どうぞ。こちらをご確認下さい」


彼女に言われたメッセージアプリ【ラヴュ】のアイコン画面を見せられた。

そこには、私と優太朗が子供代わりに育てていた愛猫の【もみじ】の写真がある。

優太朗のアイコンであるのは、明らかだった。

私は、恐る恐るトーク画面を押す。

指先が、自分のものではないぐらいに震えている。

昨日のメッセージから、上に上にスクロールしていくと……。

メッセージには、【愛してる】や【8時にいつもの所で】などと書かれている。

優太朗に事を初めて知り私は落胆した。


「別れてくれますか?奥様」

「優太朗からは、何も言われていないわ」

「往生際が悪いですね。奥様より、私を選ぶのは明らかじゃないですか……。だって、私のお腹の中には赤ちゃんがいるんですよ。いくら張り合った所で、奥様に勝ち目なんてありませんよ」


嬉しそうに笑う彼女の顔に憎しみがこみ上げてくる。

私よりも、肌艶がいい事から彼女が若い事がわかる。

彼女の持っているバックも、高級ブランドのものなのもわかった。

あんたは何もかも劣っていると言われているようだ。


「自己紹介が送れましたね。私の名前は、小野田渚おのだなぎさです。山村建設の社長秘書をしています。優太朗さんと出会ったのは、打ち合わせで会社に来られた時でした。Yと藍色の糸でイニシャルが縫われている真っ白なハンカチを優太朗さんが落としたのを私が届けたのが親しくなるきっかけでした。あれは、五年前になります。優太朗さんは、不妊の事でとても悩んでました。最初は、食事を取りながら悩みを聞くだけの関係でした。それから、半年が経ち。私達は、男女の関係になっていきました。優太朗さんは、をする時優しいんですよ。奥様もわかってらっしゃると思いますが……。ゆっくり……優しく……」


ベラベラと彼女が喋る言葉が耳からうまく入らずに、頭の処理が追い付かないのを感じる。


ただ……。

ただ……。


ノイズが響き、耳鳴りがする。

私は、とっさに耳を塞ぐ。


「もう、やめて……」


大声で彼女に叫んでいた。


「そんなに興奮しないで下さいよ、奥様。それとも、自分がもう抱かれていないからこんな話を聞きたくなかったんですか?」


勝ち誇ったように彼女は、私を見つめる。


「ほ、本当に……。優太朗なの?」


数々の証拠を見せつけられながらも、往生際の悪い自分に呆れてしまう。


「お臍の上にあるホクロがセクシーですよね。私、あれが大好きなんです」


心臓に杭を打たれたかのように鋭い痛みが走る。


「それと写真もたくさんありますよ」


スマホにあるアルバムから、彼女は私にいくつも写真を見せる。


「これなんかいいですよね。母子手帳を貰いに行く日に撮ったんですよ。産婦人科の前で……」


私にわざと見せる為に撮った写真だろう。

母子手帳を見せて笑ってる彼女が映っている。

はにかんだ優太朗の笑顔も……。

私のだった。


「2ヶ月以内に優太朗さんと離婚して下さいね。それだけ、お伝えしたかったんです。では、失礼します」


私の手から、母子手帳を奪い取り。

彼女は、笑いながら歩いて行く。

彼女がいなくなった公園で、私は「あーー。あーー」とまるで子供のように泣きじゃくった。


どれくらいそうしていただろうか?

気づけば辺りは真っ暗で……。

自分の体のように思えない程の重さの体を引きずりながら帰宅した。


私は、あの日の絶望感を思い出しながら、ゆっくりと目を開く。

あのも、まだここに残っているというのに……。

あの日が、まだ訪れてさえもいないなんて……。


彼女と別れた後、帰宅した私を優太朗は抱き締めてくれた。

彼女は、だけ勘違いをしている。

私と優太朗にがないと決めつけていた事だ。

残念ながら、それは違う。


話し合いの末、をやめた私達夫婦はになった。

義務的な行為から、そういう日になればに変わったのだ。

彼女の話がに悩んでいた時の話だとすれば……。

優太朗とまだをしていない時期だという事になる。


「ただいまーー」


玄関から聞こえてきた大きな声に驚いて私は布団を被る。

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