殺された俺、タイムリープする。~五年ぶりの再会を果たした幼馴染は俺にしか見えていない。どこかにあるらしい本体を見つけ出せ~

なかむらみず

八月二十四日、俺は殺された。


 俺が彼女――麦野むぎの朱里あかりと約束したのは、転校が決まった小学六年の時。


『五年後の八月、会いに来るよ』


 約束への想いは交わしたあの日より今の方が強くなっている。





 *****



 俺、御笠みかさ蒼介そうすけは高校二年の八月、かつて住んでいた街へ戻り、朱里と五年ぶりの再会を果たした。


 ――はずだった。



 この五年一度も会っていない朱里は、当たり前に成長していた。ショートだった髪は鎖骨下まで伸びていて、同じくらいだった身長は目線が違った。

 子供ではない朱里の姿にあの頃とは違う高鳴りを感じて、再会直後はあまり直視できなかった。


 ただ違和感が。

 ぼんやりと、違和感があった。


 離れた俺らを繋ぐのはスマホだけ。

 だからしっくりこないのかもしれない。

 最初はそう思った。


 違和感を勘違いとする理由付けは五年という月日によっていくらでも浮かぶ。朱里ではなく俺の方が変わったのかもしれない、とも。


 だけどこの数日で違和感は疑問へ形を変えた。

 あまりに荒唐無稽。だけど妙に腑に落ちたそれを八月二十四日、朱里の部屋にてぶつける。


「お前、誰だ」

「……なん言いよーと? 朱里やん。蒼介頭おかしくなったん?」


 俺もそう思う。だって見た目も声も朱里だ。

 この家までの道のりも部屋までの誘導もこの人は迷うことなどなかった。

 疑うところなんてない。頭も目も耳も、麦野朱里だと認識している。


 それなのに俺の真ん中がざわつく。

 ひどく居心地が悪い。


「お前がそばにいると「離れろ」って、誰かに言われてるみたいな感じになる」

「……誰かに?」


 勿論たとえ話だ。誰かなんて俺以外にいるわけがない。テレパシー的な力など残念ながら俺には備わっていないし。

 俺が俺自身へ「離れろ」と危険信号を出していたのだと思う。本能、的な?

 そしてそれは今も訴えているのだろう。じり、と床を撫でるように足が後退した。


「ほう、なるほど」


 何に納得したのか、唇に舌先を覗かせ笑う。その表情と変化した口ぶりに体が硬直した。

 ぞくり、走る悪寒は反応を鈍らせ、やっぱりそうなのかと思う余裕もなかった。


「は……?」


 喉にドスンと、重たい岩でも乗せられたような負荷。裂けてくような感覚に首元を押さえる。刺されたのだと分かるのにちょっと時間がかかった。

 え、なん、で……。


「どんな走馬灯見るんかのぉ、蒼介」

「ぅえ……が、は……っ」


 どくんどくんと目頭が熱い。大きく開いた視界に映る景色が歪む。

 走馬灯て、んなもん、あるわけないやろ。息すんのがやっとやぞ、このボケ……――




 ****



 八月十七日、午前七時半。

 居間に流れるBGMは毎朝同じ情報番組。聞こえる話題をたまに拾いながら母さんと朝食を共にする。


『――ひとりで抱え込まずに。相談窓口がありますので……』

『次はエンタメコーナー!』


 ニュースからのエンタメ情報。忙しないな。間に宣伝でも挟んでほしかったね、聞いているこちらとしては情緒がついていかん。


『――公開初日、豪華なキャスト陣による舞台挨拶が行われました』

「あ、お母さんこの子好き。綺麗な顔~」


 白米を頬張りながらテレビを見る。綺麗な顔だらけでどれを指しているのかは分からなかった。

 場面は映画紹介のVTRに切り替わる。


「見てきたら? 面白いらしいよ」


 昨日俺のバイト先(ファミレス)に現れたクラスメイト数人らが熱く語ってきた映画だった。

 特に原作ファンの一人の熱量といったら。「いやあ正直ナメてたね、あの世界観を実写で表現できるわけがうんぬん」――あんまり覚えてないけど興奮してた。確か異世界転移するんだっけか。


「イセカイ……ってどんな世界なの?」

「異な世界だよ」

「霊的なアレは出てくるのかしら」

「出るのは魔物系じゃない?」

「魔の者? うぅん……霊的なものはちょっと」

「ホラーではないんじゃない?」


 いつもと変わらない朝だ。何でもない話をして、出勤する母さんを見送る。

 だけど違うのは俺が今日から二十五日まで帰らないこと。「無事に帰ってきてちょうだいよ」との言葉は何度言われただろう。



 *



 午前十時過ぎ。クラスメイトの高宮たかみやりんが来た。先日集まって課題をやっつけた際の忘れ物を届けに。

 お礼にお茶でも出したいところだが時間が迫っていた。駅で土産も買う予定だし逆算するともう出なければならない。


「ごめん、せっかく持ってきてくれたのに」

「いえいえっ」


 そう笑って首を横に振った高宮は、緩くカーブさせた前髪を指でふわり撫でてから視線を落とした。

 無言になった彼女に首を傾げると、


「……ていうか、ただの口実だし」


 呟きが聞こえた。俺に向けてではない、きっと独り言。彼女の声質のせいだろう、甘えられているような気がした。

 なんとなく。なんとなくだけど、高宮から好意的なものを感じている。決定的な何かがあったわけではないから自惚れだとは思うけど。

 どう反応していいのか分からなくて聞こえなかったことにした。



 *



「ほんと、何もねぇな」


 午後五時半。相変わらずな風景に言葉と笑みが漏れた。

 何もない。だからここには都会で得られないものがたくさんある。

 豊かな自然、澄んだ空気、季節の音。

 じーわじーわ。脳を揺らす彼らの声が木々の揺らぎに混ざり合い心地が良かった。


 二十五日までお世話になる先輩宅へ向かいながらスマホを一度タップ。ため息が出た。

 朱里よ、お前はこんな時でも平常運行だな。

 ひと月音沙汰なしとかあったし、マメじゃないのも分かってる。

 でも俺こっちに戻ってきたんだぞ。返事くらいくれよ。


 まあ、どうせ?

 明日家に行くことは約束済みだし。

 別にいいんだけどさ。なんていうか、ちょっと。

 いや、別にいんだけど。


「会いたいのは俺だけか……」





 *** **




「……ッ!」


 なんだ、いまの。頭ん中なんか流れたんだけど。え、まさか走馬灯?

 いやいや、こういうのってアレじゃねぇの、もっと昔のことからダダッと思い出すもんなんじゃ。

 例えば幼稚園とか小学校とか、それこそ朱里と出会った頃とか。

 こんなん全然俺の思う走馬灯じゃねぇ。しかもなんで一週間前だけ?


「がはっ……! ぁ……う……」


 ヒューヒューと息が。空気が? 首から漏れ出ている気がする。

 痛い? いや、熱い。


「そろそろか。さようなら、蒼介。楽しかったぞ」


 あーね、やっぱコイツ朱里じゃねぇ……。

 アイツはそんな、ちゃんとさようならなんて言わん。さーならーみたいな、適当な……。


 壁にかけられたワンピースが目に映る。

 小さい頃から何度も遊びに来たこの部屋は然程変化がなくて、だけどあのワンピースはちょっと朱里の印象と違って。

 だから記憶違いじゃない。あれは赤じゃなくて白かったはず。

 そうか、俺の血か。飛び散った? ごめん朱里。


「あ……か、り……」


 ああ、どうだっていいな。

 この人のこととか、この状況とか、そんなんもうどうだっていい。だって俺、死ぬんだろ。


 ただ。なあ朱里、お前どこにいんの。

 元気なの? それならいんだけど。


 あー、母さんごめん。何度も言われたのに、無事に帰れな――











――――――――


 はじめましての方もお久しぶりな方もこんにちは。なかむらみずです。

 三か月ぶり?新作開始します。

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