第13話

 バーベキューの片付けが終わる頃、日は完全に落ち切っていた。星空が広がる頃にはテントに入り、就寝準備を始めていた。


「みんな寝袋の準備はできたー?」

「俺はOKです」

「私も!」

「僕も異常なし」


 人数分の寝袋準備も終わり、テントの灯りが消される。

 琥珀先輩あたりが夜更かしすると騒ぐかと思ったが、意外にもその先輩が一番最初に寝息を立て始めた。


(珍しいね…琥珀先輩がこんなに大人しいなんて)

(ここまで運転とかしてくれたからな。休ませてあげようぜ)

(そうだね)


 起こさないよう、小声で瀬奈と会話する。

 琥珀先輩だけではなく、刀司ももう眠ったようだ。隣の寝袋から静かなイビキが聞こえてくる。

 俺も眠ろうとしたのだが、疲れた身体とは対象的に意識は冴え渡っていた。


 いくら寝ようと瞳を閉じても、眠気は一向に来ない。静寂に包まれたテントの中で、俺の脳中だけが喧騒を奏でている。


 結局眠れないまま、多分1時間くらい過ぎた。もう諦めた俺は、みんなを起こさないように静かにテントの外に出た。


「寝れないならとことん楽しむまでだ」


 満月が照らす夜の下、芝生に座って1人空を見上げる。

 昼間の笑い声は今は聞こえてこない。まるで世界に俺1人しか居ないように思えるほど、静まり返った夜だった。


「……悠ちゃん…?」


 テントの入口から不安そうな声が聞こえる。振り返るとストールを羽織った瀬奈が立っていた。


「起こしちまったか?」

「ううん、眠れなくって出てきちゃった」

「なんだよ、俺と一緒か」


 瀬奈は優しく微笑みながら、俺の隣に座った。

 それから暫しの沈黙。瀬奈もこの静寂を楽しみたかったらしい。


「初めて…夜更かししちゃった…」


 瀬奈が笑いながらそう呟いた。こんな日にまで気にするなんて、やっぱり瀬奈は少し真面目すぎる気がする。


「…なぁ瀬奈」

「何?」

「…その…今好きな人、とか…居るのか?」

「急にどうしたの?」

「い、いや!ちょっと気になってな…お前の恋愛事情とか、聞いた事ないし…」


 瀬奈と誰かが付き合っている、なんて話は聞いたことがない。だけど田舎に居た時とは環境が違う。大学に通い始めて、好きな人ができたなんてことは珍しくも何ともない。

 だけど俺は、否定して欲しいと思ってた。


「……うん、居るよ」


 少し悩んだ後、瀬奈はそう言った。

 俺の鼓動が飛び跳ねた。驚いたのか、怖がったのか、よく分からないけど。


「それって…同じ大学の奴か?」

「うん」

「…いつ頃からだ?」

「多分…ずっと前から」

「そっか……そうか……」


 再び沈黙が訪れる。

 皮肉な話だ。瀬奈のことを好きなのか迷っていたのに、当の本人に想い人がいると知って初めて自分の気持ちを受け入れたのだから。

 負けが決まってから覚悟が決まるなんて、これじゃあ当て馬そのものだな。


「悠ちゃんはどうなの?」

「俺は…居る」


 断言できた。きっと数分前の俺ならはぐらかしていたのに、今は自分でも驚くほどはっきりと答えられる。


「…いつから好きなの?」

「自覚したのは最近。好きなのは…お前と同じ、ずっと前だ」

「そうなんだ……ねぇ悠ちゃん」


 瀬奈が立ち上がり、俺の正面に来る。

 満月を背に立つ瀬奈の姿が、俺にはどんな彫像よりも美しく見えた。


「私ね、悠ちゃんに出会えて良かったっていつも思うんだ」

「…………」

「悠ちゃんはいつも私の背中を押してくれて、勇気をくれるの。そりゃあ時にはダラしないって思う時もあるけど…」

「…酷いな。そこは褒めてくれよ」

「褒めてるよ!…だから今日も、悠ちゃんに勇気を貰いたいんだ」


 瀬奈の本気が伝わってくる。

 羨ましい。こんなに瀬奈に想って貰える相手が、心の底から妬ましい。


「……あぁ、俺なんかで良ければいくらでも励ましてやるさ」


 妬ましいけど──飲み込んだ。

 俺は瀬奈が好きだ。瀬奈の笑顔が俺の幸せだ。

 だったら全力で応援する。たとえ見返りなんかなくてもだ。


「ありがとう悠ちゃん。すぅー…はぁー…」


 大きく深呼吸して1秒。盛大に貯める瀬奈。

 そして──




「大好きです!私と付き合ってください!」




──俺に、告白をした。


「………………うん?」


 えっ?俺に?なんで??

 突然の告白に頭の中が漂白される。


「ちょっと待ってくれ瀬奈…さっき好きな人がいるって言ってたよな?」

「うん、言ったよ」

「同じ大学の人だよな?」

「そうだね」

「それって……俺か?」

「…そうだよ!悠ちゃんのことが好きなの!」

「マジか!?」


 確かに言われてみれば(学年は違うが)俺も瀬奈と同じ大学に通ってたわ!

 えっ、じゃあ何?俺たちもしかして…両想いだった…のか!?


「そ、それで…返事が聞きたいな…」

「お、おう…そうだよな…よしっ…」


 立ち上がって瀬奈と視線を合わせる。

 何とかいい台詞で答えなければ、瀬奈の期待を裏切ることに…

 瞬間、瀬奈と目が合った。


「…やっぱダメだな、俺は…」

「悠ちゃん…?」

「かっこつけようと思ったのに…お前見てたら好き以外の言葉が吹っ飛んだわ」

「ふえっ!?」


 瀬奈を思いっ切り抱き締める。

 不意打ちを食らった瀬奈が子猫のような声を上げた。


「ゆ、悠ちゃん…!」

「俺もだ…俺も瀬奈と同じ気持ちだ」

「っ!…良かった…!」


 胸の中で瀬奈が震えている。心配性な彼女のことだ、きっと不安だったんだろう。

 そして俺も、同じ不安を抱えていた。言葉にすればすぐに終わったのに、何て遠回りをしてきたのかと、今だから呆れられる。

 やっと通じ合えた俺たちを、満月だけが見下ろしていた。

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