第8話

 居酒屋に男女8人が向かい合わせで座る。

 各々が自己紹介を進めていき、やがて俺の番が回ってきた。


青城せいじょう大学2年の久島 悠です。趣味はゲームで特技は空間認識です。よろしくお願いします」


 簡単な自己紹介を終えると、周りから拍手が起こる。この流れを全員分繰り返した後、やっと合コンが始まるのだ。

 問題は俺の次に自己紹介をする瀬奈だ。


「は、はじめまして!青城大学1年生の山野辺 瀬奈でしゅ…です!趣味はおひょ…お料理で特技もお料理です!」


 噛みっ噛みながらも何とか自己紹介を終えた瀬奈。その姿を見て俺と刀司以外の全員がほんわかした気分になっていた。


「それじゃあ自己紹介も済んだところですし、ここからは自由としますか!」


 主催者モドキな遥也はるやが簡易的ではあるが、この場を取り仕切ってくれている。恐らくこういう場面で何度も管理をしてきたのだろう。手慣れた動きで参加者から飲み物の注文を聞いて回っている。


(…悠…おい悠)

(んだよ刀司…)

(なぜ山野辺嬢が居るんだ。お前が呼んだのか?)

(ンなわけねぇだろうが!)


 隣に座る刀司が小声で話しかけてくる。

 俺が瀬奈を呼ぶわけが無いだろ!

 そもそも合コンに参加した理由だって、瀬奈が居たんじゃ出会いすら無いと思ったからだ!それなのに原因がいんたじゃ俺は…


(とにかくだ!どうせなら俺は瀬奈以外と話したい。フォロー頼めるか?)

(あぁ分かった。ここは僕に任せろ)

(サンキュー相棒!)

「山野辺嬢、悠がキミと話したいと」

「この裏切り者がぁ!!」


 ノータイムで裏切ったぞこの野郎!

 数秒前の頼りになる顔は何だったんだよ!!


「悠ちゃん…?」

「あ、あぁ!いやあの…えっとだな…」


 急に振られて話題なんかある訳ねぇだろ!

 こちとら毎日同じ家で寝泊まりしてんだぞ!?話題なんて家で全て消化してるわ!


「そういえば2人はさっき知り合いっぽい反応してたよね」

「そうそう!呼び方も親しそうだし、なーんか怪しいよねぇ…!」


 瀬奈の隣にいた女子2人が茶々を入れてくる。さすがに同棲しているなんて合コンでバラす訳には行かない。さて何て誤魔化したものか…


「いや俺とせっ…!…山野辺は別に──」

「一緒に暮らしてる幼なじみだよ!!」


 爆弾が投下された。

 無邪気で、それでいて致命傷確定な爆弾が。

 合コン現場は凍りつき、刀司も含めた一同が驚きの表情で俺の方を見ていた。


「…………その通りだよ…」


 否定などしようが無かった。俺は項垂れるように頷き、瀬奈のキラーパスを受け止めた。

 この瞬間、俺の立場は〈合コン参加者〉から〈瀬奈の同棲相手〉へと変化した。つまり詰みだ。

 意図せず投下された爆弾によって、俺の合コンは密かに終わりを告げたのであった…



 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵



 合コン開始から1時間程度が経過。テーブルは俺と瀬奈、残りの6人といった2つのグループに完全に別れていた。


「はぁ…」

「悠ちゃん、何か飲み物いる?」

「…コーラを頼む…」

「任せてっ!」


 瀬奈はいつも通り、俺の世話を焼こうと色々と話しかけて来る。別に瀬奈が悪いわけじゃないんだが、居心地の悪さはどうしようもない。


「悠ちゃん…」

「どうした?」

「その…ごめんね…私が変な事言ったせいで…他の人と話せなくなっちゃって…」

「……いや、お前は悪くないよ」


 あの時の瀬奈の言葉は、無神経故に出た発言じゃない。むしろ正直過ぎる瀬奈の性格だからこそ、咄嗟に嘘がつけなかっただけのこと。


「でも…」

「逆に安心したよ。多分あと数秒したら俺がバラしてたから」

「えっ」

「緊張してたのは俺も同じだ」


 実際問題、バレるのが遅いか早いかの差だ。誰と仲良くなろうが、家に帰れば瀬奈が居るのだから。


「俺たちは俺たちで楽しもうぜ。ほら乾杯」

「…うんっ!乾杯!」


 届けられたコーラのグラスを当て、2人だけの乾杯をする。喉を潤す冷たい飲み物が、熱に当てられた俺の頭を冷やしてくれた。


「悪い、ちょっとお手洗行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 席から1人離れ、トイレで用を済ませる。

 手を洗っていると、後から刀司がやって来た。


「さっきは悪かった」

「なんだよお前まで…」

「余計な世話をした。まさか同棲しているとは思わなくてな。付き合ってるのか?」

「瀬奈とか?ちげーよ。ただの幼なじみだって言っただろ」

「そうか…」

「その割には、とか言うなよ。俺だって今の関係が普通じゃないことくらい分かってるさ」


 付き合っていない男女が同じ家で暮らし、互いにどう思っているのか把握していない。どう考えても異常な日常を俺たちは見ないことにしていた。

 直視するには、解決しなければならない問題が山積みだからだ。


「俺はそろそろ帰るとするよ」

「僕もそうする。今回は縁がなかったと諦めることにした」

「嘘が下手だな」

「お前には言われたくないさ」


 刀司なりに気を使ったのだろう。これ以上言うのは野暮ってものだ。

 一足先にトイレから責任戻る。瀬奈が1人で寂しがっていないか心配──


「しゃけもってこーい!」


──だったが、当の本人は何故か酔っていた。


「何があった!?」

「あ!悠ちゃんだ〜♡」

「ちょっ、瀬奈!?いきなり抱き着いてきて…って酒臭っ!お前飲んだのか!?」

「エヘ〜♡」


 ダメだ…完全に酔っ払ってやがる!

 誰だ!瀬奈に酒なんて飲ませた奴は!


「ごめんね久島君!山野辺さんがこれを飲んだら急に酔っちゃって…」

「これは…俺のコーラ…?」


 瀬奈が飲んだのは、俺が飲み残したコーラだった。だがおかしい、これはただのコーラのはず。アルコールが入っているはずが…


「この店のコーラは全部コーラサワーだよ」

「……原因は……俺か…!」


 全く気付かなかった。店全体がアルコール臭くて匂いを掻き消していたようだ。

 よくよくグラスに鼻を近付けてみると、確かにアルコールの匂いがした。


「あー…OK完全に理解した。俺は瀬奈連れて帰るわ…瀬奈が離れる気配ないし」


 こうなってしまっては合コンどころか飲み会すら難しいだろう。俺は抱き着いたまま頬擦りしてくる瀬奈を背負い、帰り支度をした。


「なんだ、悠。持ち帰りか?」


 ちょうど帰ろうとしていたところにトイレから戻った刀司がいた。


「変な事言うな!…瀬奈が酔っちまったから連れて帰るだけだ」

「そうか。飯代は払ったか?」

「まだ。立て替え頼んでもいいか?」

「利子はジュース1本な」

「しゃーねーな…ありがとよ相棒」


 後の始末を刀司に任せ、俺と瀬奈は店を出た。

 外はすっかり暗くなっている。転ける訳にも行かないし、ゆっくり歩いて帰るとしよう。


「悠ちゃん…うへへ…」

「幸せそうに寝やがって…人の気も知らねぇでよ…」


 話す勇気も無い俺は、背中に感じる質量とは向き合わなかった。

 雲に隠れて星の見えない夜。その空模様はきっと、俺の気持ちによく似ていた。

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