第7話

 瀬奈と一緒に暮らし始めてからそれなりの時間が経った。

 初めは幼なじみと1つ屋根の下で暮らすなんて正気じゃないと思っていたが、暮らし始めてみると案外快適だった。

 ただ一つだけ、どうしても無視できない問題があった。それは──


「ちゃんと眠れた?」

「着替えは畳んで置いておくわね!」

「今日のご飯は何がいい?何でも言ってね!」


──彼女が完全に俺を子供扱いしていることだ。


「なぁ瀬奈…俺ってそんなに頼りないか?」

「どうしたの急に。何か嫌なことでもあった?」

「あぁ…幼なじみを母親と勘違いしそうになる自分が嫌でね…」


 昔から瀬奈はお節介焼きだ。そこは何も変わっていないのだが、変わらない以上に悪化している気もするが。

 今も朝ご飯を2人で食べているのだが、瀬奈は事ある毎におかわりを渡そうとしている。


「あんまり1人で思い詰めない方がいいよ?相談なら私が何時でも乗るからね!」

「もちろんヤバそうならそうするよ。あ、そこの醤油取ってくれ」

「はいどうぞ♡」

「ん、サンキュ」



 和食メインの朝ご飯を食べ終えてから、大学に行くための準備を始める。

 楽しかった春休みもとうとう終わり、俺も大学に通う時が来てしまったのだ…


「はぁ…マジ憂鬱…」

「悠ちゃんも一限から授業?なら一緒に行こ!」

「おう」


 瀬奈と一緒に大学への通学路を歩く。俺の家から大学までは徒歩で15分程度。近過ぎず遠過ぎない、理想的な距離感だ。


「そうだ、ごめんね悠ちゃん。今日の晩ご飯は作れないかも…」

「どうした?何かあるのか?」

「それが…友達にご飯誘われちゃって!授業が終わったらそのまま行こうって言われてるんだ」

「別に問題ねぇよ。1食くらいテキトーに済ましとくさ。気にせず楽しんでこいよ」

「ありがと悠ちゃん!あ、でも私が居ないからってカップ麺で済ませちゃダメだからね!」


 バレてたか。久しぶりに手抜き飯で済ませるつもりだったが、まぁいいだろう。

 …ってか瀬奈は友達できるの早いな…俺なんか入学してから2ヶ月はボッチだったのに…なんか比較したら死にたくなってきた…

 劣等感に苛まれているうちに、俺たちは大学に到着した。


「それじゃ、私はこっちだから。またね悠ちゃん!」

「おう、じゃあまたな」

「うん!」


 笑顔で手を振ってから瀬奈はパタパタと走っていった。

 さてと、俺も教室に向かうとするか。


「一緒に登校とは随分仲が良いんだな」

「うおっ!?」


 突然、俺の背後から誰かが声をかけてきた。

 振り返ると同期生の刀司が立っていた。


「んだよお前かよ!脅かしやがって…」

「おはよう悠」

「あぁ、おはよう刀司…お前のおかげで目が覚めたよ」


 刀司とは同じ授業を受けるうちに仲良くなり、今では共に講義を乗り切る大切な仲間だ。

 俺たちは授業のある教室へと向かう。


「さっきの話の続きだ」

「何か話してたっけ?」

「あぁ、お前と山野辺やまのべ嬢の仲だ」

「…大した仲じゃねぇ。ただの幼なじみだ」


 そう言った途端、何故か胸の奥の方がズキリと傷んだ。俺と瀬奈はただの幼なじみ。それ以上は無いはずなのに、心の何処かで否定したがっている自分がいた。


「お前がそう言うならそうなんだろうな」

「なんだよ含みのある言い方しやがって…」

「別に。心の機微を観測できた時ほど、楽しいものは無いと思っただけさ」


 刀司は満足気な顔で、それ以上深く追求はしてこなかった。

 教室に到着し授業資料を確認していると、新たに男子2人組が俺と刀司の前にやって来た。


「よぉそこの冴えない男子!」

「おい刀司、呼ばれてるぞ」

「何を言ってる。冴えなさでお前の右に出るものは居ないだろう」

「お前ら2人に言ってんだよ!」

「「なんだと!?」」

「その自信はどこから来るんだよ…」


 失礼な!刀司はともかく俺がモテないなんて根拠はどこにも無いだろうが!

 …実際モテないんだが…


「あははっ!ごめんね2人とも。ウチの良信よしのぶが失礼なこと言っちゃって」

「全くだ!んで、お前らは誰で何の用だよ」

「ボクは同じ学科の藪木やぶき 遥也はるや。こっちの失礼な方が須加すが 良信よしのぶだよ」


 話しかけてきた2人組──遥也と良信はどちらも俺たちと同じ学科だと名乗った。

 その割には見たことが無いのだが、それは多分俺が他人に興味が無さすぎるからだろう。現に学科の人間なんて刀司以外覚えてないし。


「実はで欠員が出ちゃってさ。2人には代打として参加して欲しいわけ」

「はっ!聞いたか相棒?俺たちを代打だとさ!」

「何と愚かな…行ってやる義理は無いな」

「イベントって合コンの事なんだけど」

「「詳しく聞かせろ」」

「お前ら自我は無いのか!?」


 自我ならあるさ。

 真っ直ぐで迷いのない自我が。


「困った時はお互い様だろ?」

「僕たちを選んだことを誇りに思うんだな」

「なんだろうこの人たち…欲望に忠実すぎる気がする…」


 遥也の話によると、どうやら合コンの開催日は今日の夜らしい。

 何たる僥倖!今日なら瀬奈は家に居ない!まさに天が俺に与えたチャンスだ!

 俺と刀司は2つ返事で了解し、夜の合コンに参加することになった。




「所で遥也、何で俺らを選んだんだ?」

「えっ?そりゃあねぇ…」

「あぁ、そりゃあ勿論…」


「「1番モテなそうだったから」」

「お前らそこ並べ、順番にブン殴ってやる」




 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵




 あっという間に時は過ぎ、合コンの時がやってきた。俺たち男子組は決戦の地となる居酒屋に一足先に到着していた。


「おっ、来た来た…おーい!こっちこっち!」


 遥也が遠くに手を振っている。

 いよいよ女子組がやって来たみたいだ。俺も刀司も気合十分、楽しむ覚悟はできてるぜ!

 この瞬間までは覚悟はできてたんだ。

 そう、この瞬間までは──


「あれ、悠ちゃん?どうしてここに?」

「………………嘘だろ」


──女子組の中に、瀬奈さえ居なければ。

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