第5話

「〈ディベルシオン〉…?」

「そ、俺たちのサークル名。娯楽を追求する仲良しグループさ」


 他のメンバーが来る前に、瀬奈にサークルの概要を説明する。

 と言っても、特にこれと言って決まった活動がある訳でも、何か目標を掲げている訳でも無い。ただ純粋に仲間内で集まり、色んな遊びをするだけのサークルだ。


「──ってな訳だから、変に緊張する必要は無いぜ。入るも抜けるも自由なゆるいサークルだし」

「そうなんだ…なんか楽しそうだね!」

「実際楽しいぞ。ここじゃ楽しいことだけが正義だからな」


 変に気を使うこともない。何かに追われることも無い。

 気楽で自由で楽しい空間。

 それが〈ディベルシオン〉の唯一のルールだ。


「でもサークルって言うわりには今は他の人が居ないね」

「アイツら基本マイペースだからな。時間もテキトーさ。ま、そのうち─…来たか」


 話しているとノックの音が聞こえた。こちらの返事も待たずに扉が開き、外から眼鏡をかけたやや細身の青年が入ってきた。


「む、もう来てたのか悠」

「よぉ刀司とうじ。遅かったじゃねぇか」


 入ってきた青年の名は志垣しがき 刀司とうじ。俺と同期の大学生で、当然ここのメンバーだ。


「その子は…お前の妹か何かか?」

「いや、コイツは山野辺 瀬奈。俺の幼なじみで今日から大学生だ。今サークルに勧誘してる」

「大学…生…だと?」


 刀司が信じられない物を見るかのような視線で、瀬奈を見ている。

 まぁそんな反応になるのも無理は無い。瀬奈の身長や顔立ちを見て、初見で大学生だと分かる奴は居ないだろう。


「本当ですよ!学生証だって持ってますから!」

「にわかに信じ難いが…本物の学生証だな…」

「わかるぜ刀司…大学生には見えないよな…」

「ちょっと悠ちゃん!」

「ごめんごめん、冗談だってば」

「おっはよーう!みんな揃ってるぅー!?」


 刀司と話していると、今度は賑やかな声と共に新たな来訪者がやって来た。


「おはようございますって…もう午後ですよ、琥珀こはく先輩」

「アタシはさっき起きたからおはようで合ってまーす♪」


 突如やって来たのは御縁みえにし 琥珀こはく。1つ上の先輩で、このサークルの実質的なリーダーである女性だ。やたら元気で常に笑顔なのが特徴的な先輩だ。


「おやおやおや?そこに居るかわい子ちゃんは誰かにゃ?」

「初めまして!久島先輩の幼なじみの!山野辺 瀬奈と申します!18歳です!」


 瀬奈が琥珀先輩の元気に負けないように、元気よく自己紹介をする。なんか年齢が強調されていたような…


「ほうほうほーう!新入生だね!初々しくって可愛いな〜♡」

「はぅっ…!」


 先輩は瀬奈を人目で気に入ったらしい。瀬奈のことをぬいぐるみのように抱き締めていた。


「それより悠、彼女はサークルに入るのか?」

「……聞いてなかったわ」

「おい、そこは聞いておけよ」


 あまりにも自然に事が運びすぎてすっかり忘れてた。俺はまだ瀬奈に一度もサークルに入るかどうかは聞いてなかった。


「瀬奈はどうする?…ってそんなすぐには決められないよな」

「ううん!私は大丈夫!楽しそうだし…みんなが許してくれるなら入りたいな!」

「でもなぁ…もっと他のサークルとか見た後に決めた方が…」

「まどろっこしいぞ悠くん!瀬奈ちゃんが入るって言ってるんだからウチで確定!」

「ちょっ!…はぁ…まぁ良いですよ。別に本人が良いなら断る理由はありませんしね」

「やった!それじゃあ改めて!よろしくお願いしますね!先輩たち!」


 入団許可を貰った瀬奈が俺たち3人に向き合い、深々と頭を下げてくる。

 俺としてはもっと他のサークルを見てから決めてもいいんじゃないかと思ったんが、本人が納得しているなら言うのは野暮だろう。


「さてと!瀬奈ちゃんの加入も決まったことだし…やろっか!」

「「「?」」」

「決まってるでしょう…歓迎パーティよ!」



 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵



 琥珀先輩の思い付きによって、瀬奈の歓迎パーティをする事になったのだが──


「なんで俺と瀬奈が買い出しなんだよ!」


 ──俺はともかく、何故か主役であるはずの瀬奈までパーティ用の買い出しに駆り出されていた。


「こういうのってもっと準備してからやるモンじゃねぇかな!全くあの先輩め…いつも思い付きばっかりで…!」

「まあまあ悠ちゃん、私は大丈夫だから」

「お前も人が良すぎるぞ…」


 来て早々に買い出しを命じられたのに、瀬奈は嫌そうな顔1つしていない。それどころか、俺と一緒の買い物を楽しんでいるようだった。

 俺たちは近場のスーパーで軽食を買い、活動場所に戻ろうと歩いていた。


「そういえば〈ディベルシオン〉ってどういう意味なの?」

「確かスペイン語で娯楽って意味らしい。琥珀先輩がカッコつけて付けた名前だ。まぁ意味とかはあんまりねぇけどな」

「そうなんだ。琥珀先輩ってネーミングセンス凄いんだね」


 瀬奈は関心しているが、本当に大した意味は無い。実際、前になんでスペイン語なのかと聞いたら『カッコよさそうだったから!』って言われたし。


「ふふっ」

「何笑ってんだよ」

「悠ちゃんってば私のことちゃんと考えてくれてるんだもん。嬉しくなっちゃった!」

「そうか?なら良かったよ」

「うん!ありがとね悠ちゃん!」

「ん」


 紅葉した顔を隠すために俺はそっぽ向いた。

 瀬奈が笑うと、何故か俺まで嬉しくなってくる。それが何でなのかは、今の俺は考えないようにしているが。

 それから他愛ない話をしながら、サークル部屋へと戻ってきた俺たちを待っていたのは──


「大変だ悠くん!瀬奈ちゃん!刀司くんが何者かに襲われてしまったー!」

「グエーヤラレター」

「……何やってんだよ……」


──琥珀先輩と刀司による、アホな寸劇の始まりだった…

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