第4話

「悠ちゃん起きて!朝だよ!」


 可愛い声で名前を呼ばれ、意識が覚醒する。

 寝ぼけてボヤけた視界の先にはエプロン姿の瀬奈が立っていた。


「おはよっ!もう朝ご飯できてるよ!」

「あー…今何時?」

「朝の6時だよ」

「そうか。あと2時間したら起こしてく──あー分かった!起きる!起きるから!だからズボンを脱がそうとするな!!」


 二度寝しようとしたが、瀬奈に妨害されてそれは叶わなかった。

 瀬奈が俺の家に来てから、今日で1週間が経った。彼女が来てからというもの、俺の生活は一変した。

 ご飯はキッチリ3食用意してくれるし、家事をやってくれるのはありがたい。けど俺としてはもうちょいルーズに過ごしたいんだけどなぁ…


「「いただきます」」


 2人で食卓につく。今朝はスクランブルエッグとトースト、サラダのオマケ付きだ。

 食べてみると1口目から美味しさが口の中に広がっていく。スクランブルエッグは卵の甘みと絶妙な塩加減が絡み合い、爽やかな朝に相応しい味に仕上がっている。


「どう?美味しい?」

「ん。さすが瀬奈って感じだな」

「やった!練習してきた甲斐があった〜♪」


 俺の反応を見て満足そうに笑う瀬奈。まるで親に褒められた子供のようだ。


「ってか今朝は起こすの早くないか?いつもは8時頃まで寝かしといてくれるだろ」

「今日って大学の入学式だからさ!悠ちゃんと一緒に登校したかったんだ!」

「俺はまだ大学には行かんぞ?」

「へっ?」


 瀬奈が思わず目を丸くしている。やっぱり知らなかったのか。

 うちの大学では新入生と在校生で学期始まりにズレがある。先に新入生が大学生活に慣れ、在校生は少し遅れて新学期がスタートする。要するに瀬奈と俺では授業が始まる時期が違うのだ。


「そっか…だから寝てたんだね…ごめんね?知らずに起こしちゃって…」

「気にすんなよ。どうせ暇なんだし」

「うん…」


 瀬奈が見るからに気を落としている。

 本当に昔っから変わってない。こっちが気にしなくていいって言ってんのに、優しすぎるあまりずっと落ち込んでる。そういう所が心配だったんだよな。


「今日って何曜日だったっけ?」

「今日は確か…月曜日だよ」

「そうか。よし、俺も一緒に行くぞ」

「えっ?でも休みなんじゃ…」

「お前に俺のいるサークルを紹介したいしな。いい機会だし行こうぜ」


 その瞬間、瀬奈の表情にパっと笑顔の花が咲いた。

 俺が一緒に行くと言ったのが嬉しかったのか、それともサークルを紹介すると言ったのが良かったのか、それは分からない。成り行きではあるが、俺は瀬奈と共に大学に行くことになった。




 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵




 瀬奈が入学式に出ている間、俺は大学のカフェテリアで時間を潰していた。今大学内を彷徨いているのは、サークル勧誘の準備に勤しむ在校生だけだ。


『──新入生代表の言葉。新入生代表、山野辺やまのべ 瀬奈せな


 体育館の中から入学式の声が若干聞こえてくる。どうやら瀬奈が代表生のようだ。

 真面目なアイツらしい。ただ緊張して噛んだりしなければいいが。


 1時間ほどカフェテリアで時間を潰していると、入学式が終わったのかゾロゾロと新入生たちが出てきた。

 俺もすぐに瀬奈と合流したかったか、そうは問屋が卸さない。


「ねぇキミ!バレーに興味無い!?」

「可愛いね!演劇同好会とかどう!?」

「サッカーだ!青春したいならサッカーやるんだ!」


 出てきた新入生を逃がすまいと各サークルたちが一斉に詰め寄る。その様子はさながらセールに立ち向かう主婦のようだ。

 俺の待ち人はと言うと、サークル勧誘とは関係ない場所で揉みくちゃにされていた。


「キミ代表生だよね!どこ住み?」

「ちっちゃくて可愛い〜♡ねぇねぇLINE交換しよ!」

「これが都会…!」


 瀬奈は新入生と在校生、その双方から注目を一心に集めていた。小さめな体格に小動物のようなルックスを持つ瀬奈が、周囲から愛されるようになることは最初から予想出来ていた。

 俺は人混みの間を掻き分けて、涙目で質問攻めにされている瀬奈の元へと近づいた。


「こっちだ瀬奈!」

「あ、悠ちゃ…久島くしま先輩。お待たせしました」


 俺を見つけた途端、瀬奈が一気に駆け寄ってくる。さすがに人前で〈悠ちゃん〉と呼ぶのは気が引けたのだろう。珍しく俺の事を先輩なんて呼んだ。


「悪いな勧誘諸君。コイツは俺と用があるんだ」


 周りにいた人集りを少しだけ睨んでから、俺は瀬奈の手を取って歩き出した。

 後ろから聞こえてくる怨嗟の声が何とも心地いい。


「ゆ、悠ちゃん…手が…!」

「目的地に着くまでだ。我慢しとけ」

「うん…!別に私はもっと強く握っても大丈夫だからね…!」

「いや今のままでいいだろ」


 瀬奈と手を繋いだまま、大学の敷地内を抜ける。その間も瀬奈はずっと俯いて俺の手を見ていた。

 …瀬奈の顔が赤いように見えたが気の所為だろう。


「ね、ねぇ悠ちゃん…どこ行くの?」

「サークルの活動場所だ」

「その割には大学から出ちゃったけど…」

「あぁ、俺たちの活動場所は大学内じゃなくて、近くに部屋借りてるんだ。今からそこに行く」

「わ、わかった…」


 歩くこと約10分。俺たちは大学近くにある建物へとやって来た。

 室内はかなり大きめの広さとなっており、遊戯台やダーツ盤、果てには大型テレビが並んでいた。壁沿いに並んだ棚には、古今東西あらゆる遊び道具が綺麗に陳列されていた。


「ふあぁ…!凄い…!」

「ようこそ。遊び盛りが集まる至極の娯楽サークル〈ディベルシオン〉へ」

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