第3話

 ファミレスで夕食を終えた俺と瀬奈は、家に戻ってきてようやく一息ついた。

 思えば瀬奈が来てから落ち着けていなかったので、今は2人でソファに座り、まったりとした時間を楽しんでいる。


「…ありがとね、悠ちゃん」

「何がだよ」

「急に来たのに泊めてくれて…本当は連絡したかったんだけど、悠ちゃんのパパに止められちゃってて…」

「気にすんなよ。あの親父が悪いんだから」


 それから少しの沈黙が流れた。改めて考えれば、幼なじみとは言え瀬奈と同じ家で暮らすのは初めてだ。

 なのに俺の心は驚く程に凪いでいる。瀬奈こいつを恋愛や性欲の対象として見ないのだろう。


「…そろそろ寝よっか」

「そうだな。じゃあ俺はソファで寝るから。ベッドはお前が使ってくれ」

「えぇ!ダメだよ!それじゃあ悠ちゃんが寝ずらいでしょ!」

「だからって選択肢はないだろ」

「あるよ!取っておきのが1つ!」


 先にベッドに飛び込んだ瀬奈が、布団の中から手招いている。この体勢…こいつまさか…!


「一緒に寝よ!」

「おバカ!寝るわけないだろ!」


 コイツ正気か!?いくら幼なじみでもやっていい事と悪いことがあるだろ!

 再会して初日に添い寝とか過程が飛びすぎなんだよ!


「寝ないの?昔はよく一緒に寝てたのに…」

「それは小学生の頃の話だろ!?今の俺達じゃ色々と問題になるんだよ!」

「問題になるの?私ももう18歳なのに?」

「歳の話じゃねぇよ!」


 そりゃ年齢的には問題ないだろうな!

 だけど女性と同じベッドで寝るなんてのは、年頃の男としては色々と……色々……


「………別に大丈夫か」


 冷静に瀬奈を見ればなんの問題もないな。何せコイツの体格は殆ど中学生と大差ない。出るところも出てねぇ幼児体型に俺が間違いを犯すとでも?


「寝るんだろ?ほら詰めろよ。ベッドが狭いだろ」

「き、急にノリノリだね…」


 俺の様変わりに瀬奈も困惑しているが、説明はしない方がいいだろう。自分が幼児体型とか言われて怒らない奴は居ないだろうしな…

 改めて瀬奈と並んで横になる。いつもなら広めに感じるベッドも、今はやや狭く感じる。


「ふふっ…」

「何笑ってんだよ」

「なんか悠ちゃんに会ってからずっと…ずぅーっと胸がポカポカしてるの」

「なんだそりゃ」

「嬉しくて…楽しくて…とっても幸せなの!」

「いい歳して何言ってんだか…」


 思わず俺は瀬奈に後ろを向けた。暗くてよく見えないだろうが、今の俺の顔を瀬奈には見せたくない。

 全く…そう思ってるのはお前だけじゃねぇっての。


「おやすみ瀬奈」

「うん、おやすみ悠ちゃん」


 背中越しに伝わる鼓動を聴きながら、俺は静かに意識を手放した。

 問題は山積みだ。だけど今は、この安心感に溺れるとしようか。



 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵



 悠ちゃんの寝息が聞こえてくる。

 眠っているのを確認してからはゆっくりと上体を起こした。


(悠ちゃん…気持ち良さそうに寝てる)


 こっそり寝顔を見てみる。起きてる時は男の人らしい顔付きだったのに、眠ると途端に子供のように見える。多分、少し長めの睫毛がそう見せてるのかな。


(ごめんね悠ちゃん…嘘ついちゃって)


 心の中で悠ちゃんに頭を下げる。

 私は悠ちゃんに嘘をついた。本当は引越し先を選ぶこともできた。だけど私がワガママを言って、悠ちゃんのお父さんにお願いして一緒に暮らせるようにしてもらったんだ。

 昔から嘘をつくのは嫌い。

 いつだって正直が1番だもの!

 けどこの気持ちは…まだ打ち明けたくない。


「悠ちゃん…」


 悠ちゃん。私の大切な人。

 私に初めて優しくしてくれた人。

 初めて会った日のことも覚えてるよ。一人ぼっちだった私の手を引いて、沢山思い出をくれたよね。


「今度は私が返す番だから…ちゃんと返させてね、悠ちゃん…♡」


 眠っている悠ちゃんの頬にキスをする。グッスリ眠っている悠ちゃんは、起きる素振りも見せない。

 今はこれでいい。これからゆっくりと、私のことを好きになってもらえばいい。


 そのために悠ちゃんと同じ大学に入ったんだから!

 受験勉強だって、悠ちゃんの顔を思い出せばいくらでも耐えられたんだから!もう今はボーナスステージみたいなものだもの!


 私は気持ちを抑えられず悠ちゃんの頬にもう一度キスをした。

 らしくない私のワガママを月だけが見ていた。

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