第2話

「ふんふんふ〜ん♪」


 瀬奈が鼻歌交じりに荷解きをしている。それを部屋の隅から眺める俺。何だこの光景は…


「どうしたの悠ちゃん、じーっと見ちゃってさ」

「お前何しに来たんだと思ってな」

「あれ?言ってなかったっけ!私、この春から悠ちゃんと同じ大学に通うって」

「聞いてねぇぞそんなの…」


 どうやら瀬奈は俺と1年遅れで同じ大学に入るらしい。実家から通うのは不可能なので、近くに住んでいる俺のところに来たみたいだ。


「楽しみね〜憧れのキャンパスライフ!」

「そんな良いもんでもねぇぞ?課題は多いし、講義はめんどくせぇし」

「それでもいいの!新しい事に踏み出すのが楽しいんだから!」

「…相変わらずだな、お前は…」


 何事にも前向きで、関わる人間全員が気付けば引っ張られて頑張り始める。瀬奈は昔からそんな奴だった。

 それが変わっていないとわかって、俺は少しだけ安心した。


「それに久しぶりに悠ちゃんに会うのも楽し……」

「ん?どうした?」


 突然、瀬奈が動きを止めた。何かあったのかと様子を見てみると…

 瀬奈の目の前には俺の秘蔵コレクションな本(R-18)が落ちていた。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」

「ゆ、悠ちゃん…これって…!」

「見るな!見るなぁ!!」


 一瞬で瀬奈から本を奪い取り、全力でバックステップする。最悪だ…一日目から見つかるなんて…!


「悠ちゃんも…男の子、だもんね!」

「やめろ!そんな目で俺を見るな!」

「だ、大丈夫だよ!私は!ゆ、悠ちゃんの趣味だから!ちゃんと頑張るから!」

「何を!?」


 完全に混乱しているのか、瀬奈は顔を真っ赤にしておかしなことを口走っている。

 いや、混乱しているのは俺もなんだけどな!


「あー…その…なんだ…とりあえず見られたくないもん片付けっから…少し待っててくれるか…?」

「う、うん…そうするね…」


 一時的に瀬奈には家から出て行って、外で待機してもらった。1人残った俺は、気まずさと恥ずかしさを噛み締めながら部屋の掃除をした。



 ∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵



「すまん、待たせたな。入っていいぞ」


 部屋の片付けを終え、扉の前で待っててもらった瀬奈を呼び入れた。待っている間に頭が冷えたのか、瀬奈はもう高揚していなかった。


「多少は綺麗になったと思うぜ」

「みたいだね。それじゃあご飯でも食べない?」

「もうそんな時間か…」


 気が付けば時計は夕方の6時を指している。夕食を準備し始めるにはちょうどいい時間だ。


「せっかくだし私が作るね!リクエストとかある?」

「いや食材も残ってねぇし、今日は食べに行こう」


 本当はカップ麺やレトルトカレーが無数に残っているのだが、そんなことを瀬奈に話せば説教が始まってしまうだろう。

 それに長旅の末にここまで来た彼女に料理をさせるなど、さすがの俺でも罪悪感がある。


「むぅ…久しぶりに手料理を披露できると思ったのに…」

「それはまたの機会でいいだろ」


 これから一緒に暮らすんだ、機会なんかいくらでもある。経緯はアレだがせっかく再会したんだ、もっと楽しい話をゆっくりしたいものだ。


「今日くらい俺が奢ってやるからさ、行こうぜ」

「それは…ちょっと申し訳ないよ」

「遠慮すんなよ。俺とお前の仲じゃねぇか」

「っ!…変わってないなぁ…悠ちゃんは…分かった!行こっ!」


 ようやく折れた瀬奈と一緒に、近所のファミレスに向かって歩き始める。並んで歩いていると、道は違えど幼き日の記憶を想起する。


「昔もよく2人でご飯食べに行ったよね〜悠ちゃんがフラれた日とかさ!」

「軽率に人の傷をエグるんじゃねぇよ…」

「懐かしいなぁ…また悠ちゃんと一緒に居られるなんて、夢みたい!」

「夢か…ある意味そうかも」


 冷静になって考えてみれば、瀬奈みたいな良い子と一緒に暮らせるなんて贅沢な話だ。特に俺みたいな何の取り柄もない奴ともなれば尚更だ。

 2人並んで歩く夕暮れ時、これからの季節に想いを馳せながら、俺は贅沢な悩みを噛み締めていた。



「でもやっぱエ〇本見られるのは嫌だなぁ…」

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