春の時計
ホールの方では、僧侶が経を上げ始めた。小さいながらこちらまで届く経特有の節が、窓の外にちらつく萌黄色が、櫻田のある記憶をつつく。
高校生になったばかりの時分だっただろうか、級友が死ぬのを見た。級友とは言うものの、名前も覚えていない。最寄り駅が同じで、よく見かけてはいた。その瞬間だけが鮮烈で、言葉を交わしながら彼女を止めなかった自身の心境も、今となっては誰も知らない。
『櫻田くん、私、いきたいところにいくの。不幸だと言わないでね』
そうか、いきたいところにいくのならいいのではないか、とでも思ったのだろうか。とにかく、櫻田はただ見ていた。軽やかに、それは軽やかに彼女は地上数十メートルの段差を跳んだ。思えば、駅の階段で彼女はいつも、最後の一段をそんな風に跳んでいた。
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