【本文サンプル】ひとひとつ

言端

冬の帳

ホッキョクグマが極寒の地に安住するように、魚は水を得なければ生きられないように、人にもそれぞれ、生まれ持ったものと結びつく環境がある。ただ人間というものが他より少しばかり細分化されているせいで、限られた大地の中で全員分の在り処は用意してもらえないものだ。だから人間はどこへでも行けるようにつくられているのかもしれない。


***


落ちては消える結晶を渡っていくように、櫻田の意識は雪から雪を伝って上空へ飛び出す。静寂と安寧の季節がまだ続くことを実感する。幾度廻ったかわからなくなるような日々も歳月も、冬が来ればまた零になるのだ。世界が凍てつくように止まるなら、それはさぞ、筆舌に尽くしがたい美しさなのだろうし、それを自身が見届けないことも、一つの理想だと言える。吁、もう暫し、楽に息が吸える。見慣れた奇行を気にも留めない様子のゴトウさんを振り返り、櫻田は無邪気に笑む。

「佳い天気になりましたね」

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