【第一章】Overflow #3
「ダルマさん、やりすぎ!」
「いいんだよ、ここからどう動くかだろ?」
中学、高校の頃からなにも変わっていない。人を煽るように発言して、そのあとのことなんて、何一つ考えていない。いや、少なくとも考えてはいるのだろうけれど、曖昧な未来について謎の確信のもとに動いているから、はたから見ると向こう見ずにしか思えない。
「攻撃力高すぎんだよな、ダルマさんって! もっとこう穏便に物事済ますとかさぁ、そういうこと考えないんですか?」
「まどろっこしいの嫌いだもん」
「そう言うと思った!」
本気の苦情を出しながらため息をつくサトリと、対照的に愉快そうな表情でタバコをふかすダルマ。サトリにとって、このハラハラする感覚も久々だった。
サトリの家に戻った二人は、ダイニングテーブルを囲んでコーヒーを飲んでいた。
ダルマはアイズ上で出生研からもらったパンフレットを眺めている。
「出る時、ものすごいお見送りの人数でしたね」
「殺されるかと思ったな」ケラケラと笑うダルマ。「突かれたら殺したくなるほど、大事なんだろうな。出生研という場所と権力が」
最初入ったときは、手荷物検査こそあれどウェルカムモードだったのに、帰りは警備員から研究員までが出口までずらりと並び、大層なお見送りだった。
ダルマにとっては「こんなに人間がいるのにただ見張るだけで会話のできるような空気ではなかった」ということが面白くてしょうがなかったらしく、「その制服かっこいいすね」とか「え、こんなに人いるんですか、ちょっと喋りません?」なんて言いながらちょっかいをかけていて、サトリは何度も腕を引っ張って止めていた。
反省していないダルマに、サトリはもう一度ため息をついた。
「ダルマさん、もうやめたほうがよくないですか」
ダルマはそれには答えず灰皿の上で火をもみ消して、コーヒーのカップを傾けた。
「これ以上やると命狙われるんじゃないですか」
ダルマは深く瞬きをして、アイズ上の資料を閉じて言う。
「死ぬだけだろ、大した事ない」
「死ぬだけって……ダルマさんの死生観、ホントヤバいって。中学のころからそれ言ってるじゃないすか」
「後悔残す人生はしてねー」
「ダルマさんが後悔しなくても、周りが後悔しますよ。覚えてるんですからね、高校の進路選択でダルマさんを欲しい芸術系の大人が必死に手を引っ張ってたのに、最終的に選んだのは理系で。周りみんな結構ショック受けてたじゃないすか。今度は理系の人悲しませる気ですか?」
「オレの命はオレのものだろ、オレ以外にオレの人生を決められる筋合いはないね」
ダルマは懐からタバコをもう一本取りだした。これも寿命を明らかに縮める嗜好品である。
「ま、そういうダルマさんがカッコよくて好きなんですけどねえ……」
サトリの言葉に前のめりになるダルマ。
「はは、サトリってオレのこと好き?」
「そうですよ。だから今こうして絡んでるし、今後の計画も止めてる」
「あいにく、今のオレの興味はあの宇宙人と出生研の謎。サトリのご機嫌取りじゃない。サトリが嫌っていうならオレひとりでやるから問題ない」
あっちにいけと言わんばかりに軽く手を振るダルマ。サトリはじっとダルマを見つめる。
「……ダルマさん、気づいてる?」
「ん? 何?」
「あんたにはね、誰かを引き付けて離さないカリスマ性がある。トリプルだからとかそういうことじゃなくて、もっと人間の根幹部分をぎゅって抱き寄せるみたいな、そんな才能。数値化できない、先天才能(アビリティ)があるはずだ」
「数値化されないアビリティなんてオカルトだろ」
一笑に付すダルマだが、サトリは真剣だった。
「オカルトでもいいよ。おれは、あんたについていきます」
「そう? 死ぬんじゃねえの?」
「おれは死にたくないですけどね。ついていく目的は、宇宙人目当てが四割。ダルマさんの生存確率をもうちょっと上げたいほうが六割」
「オマエがいることでオレの生存確率は上がりそう?」
「おれだってトリプルだよ、ナメんなよ?」
ダルマがタバコをくわえたまま、口の端を上げた。普段はとにかく優しいサトリが時折見せるこういう瞳がたまらなく好きだった。
そのタバコをつまんでサトリも煙を吸い込み、すぐにせき込んだ。
「キッツ! なんちゅータバコ吸ってんすか!」
「九ミリ」
「やめましょうよ、マジで死にますよ!」
「敬語、やめて? オレたち今から運命共同体なんだから」
「なにそれ!」
翻弄されて、掴みどころがなくて、身勝手で向こう見ず。社会適合性の先天能力(アビリティ)はトリプルの中でもダントツに低かったダルマだが、それでもそんなダルマについていきたいと思う人は多かった。
……ほとんどの人が、ダルマに拒絶されていたけれど。
こうしてダルマに多少なりともアテにされている自分を少々誇らしく思うサトリであった。
一度ソファに座り直し、背筋を伸ばす。とにかく両者の意思が一致したのだから、ここからは真剣に作戦会議をしなければならない。
「とにかく、作戦を考えましょう。この場所で出来ることは多くないから、やっぱり出生研のビルにもう一度行く必要があるっていう認識でいいよね」
インターネットやデータの検閲と閲覧制限が厳しい状態で、本当に信用できるものは自分の肉眼で見た現象以外にはない。
「同意」
「ところで、ダルマさんの今の立場はマナ研究者っていうことでいいの?」
「サトリ、オレに『さん』付けるのもやめてくんね?」
「はいはい……だとすると、あの警戒態勢の中で、ダルマがもう一度訪問する理由付けといえば……」
「ない。だから、サトリが行ったほうがいい」
急に先鋒に出されたサトリだったが、そう驚くこともなかった。
「おれ、大学一年だよ? あれだけ大暴れしておいてのこのこ現れるのはちょっと。精子採取頻度でも変更してもらう?」
「あのビルのマップを検索してみる」
ダルマが瞬きをする。アイズでネットワーク上の出生研の館内マップにアクセスしようとした。
「まあ、アクセス権限がないわけだ」
ここしばらく、アクセス禁止の文字ばかり見ている気がする。普通に平穏に過ごしていれば年に一度も見ることのない文字面。
「そりゃそうだよ。養育槽だって見せてもらえなかったんだから、フロアマップ全体が機密でしょ。ていうか、ダルマさ……ダルマのアイズでアクセスして大丈夫? 監視されてるんじゃない?」
「ああ、それは」
ダルマは、完全に匿名化され履歴の足もつかない違法なアクセス方法について語り、すぐにそのタイミングのエアスペースログを消去した。
「ちょっと、全部ポリシー違反じゃん! 何やってんの!」
「はは。今更だろ」
サトリはため息をつきすぎたせいか、頭が痛くなってきた。
「はー。降りようかな、このヤマ」
「でもオレのこと好きでしょ?」
「めちゃくちゃ腹立つ」降りるつもりは毛頭なかったが、文句のひとつやふたつは言いたい気分だった。「はいはい、どこまでもついていきますよダルマ様」
「ダルマって呼べって」
「で? その悪いことをしてアクセスしても、マップのあるページには入れない、と」
「そう。マップを取得するには強い権限を取るか、自分の足で歩くしかねえな」
「地上何十階を全部歩く、ねえ……」
「歩くか権限取るかなら、権限奪取のほうが楽だろうな。こっちはオレがなんとかするわ。サトリはなんとかしてビルに入る言い訳を考えろ」
関連施設、関連学問、どこからのアプローチでも可能かもしれないが、先ほど睨まれた以上、大した動き方はできないだろう。とすると、もっとシンプルな方がいいのか?
「ん……おお、案外あるもんだな」
「どうしたの?」
またログを消さなければならないようなダルマの言葉に、サトリは何度目かの大きなため息をついた。
「どうしてダルマはそういうきな臭い方法ばっかり思いつくのかなあ」
「まあまあ。自分の目で確かめようぜ」
4
翌日。
サトリは作業着姿で出生研の会議室に足を運んでいた。
事前の連絡なしにサトリが訪問してもスムーズにビルの中に通してくれたのは、ダルマの策のおかげである。
目の前には、初対面の事務員。名前はヒロキ。コウヘイよりは愛想がなく、あまりやる気もなさそうだ。
「ご要件は?」
「実は先日こちらに来たときに、落とし物をしたんですよ。ヘアゴムなんですけど、普通のゴムに見えて深い思い出のあるものでして」
「はあ、ヘアゴム。どちらで落とされたかわかりますか」
「皆目見当がつかなくて。移動中かなあ。白色のヘアゴムなんですがね」
「……清掃担当に尋ねて参りますので、お待ちください」
「すみません、お願いします」
事務員のヒロキが部屋から出る。足音が遠ざかっていく。サトリは部屋の隅に白いヘアゴムを放り投げた。
瞬きをして、アイズを起動させる。匿名のメッセージが届いていた。
「通信× 続行○ D」
ダルマからのメッセージだ。なんらかの理由で通信が困難になっているらしい。ジャミングが恒常的にされているのか、情報を守るためかは今の段階ではわからない。こちらからの通信も不可能だろうと判断したサトリが立ち上がり、会議室をそっと出た。
続行は可能とのことだ。ダルマの作戦を信じるしかない。
通常のアイズネットワークが使えないのならば、研究所内のネットワークに接続するまでだ。接続画面が表示されて、そこにダルマから教えてもらったIDとパスを入力する。
昨日ダルマが見つけたのが、このIDとパスワードだった。ダルマがよくアクセスする犯罪者御用達のネットワークがあり、その中で売買されていた情報の中に、治安の悪いコロニーの中で盗まれたデータがあった。データの中には、そのコロニーにある出生研の支店の所長のIDとパスが入っていた。
僻地とはいえ、所長は所長。付与された権限はそれなりに高く、しかもパスワードも変更していなかったようで、ログインに成功した。流出に気づいていないのかもしれない。
それらしきフォルダを漁れば、すぐに館内マップのファイルが見つかった。
マップによれば、地上五十階、地下はなんと三十階まである。よくこんな施設を建てたものだなとサトリは舌を巻いた。
一階あたり一秒で目を通す。サトリには一度見たものを完全に映像として記憶する能力があった。それがたった一秒の閲覧であっても、正確に記憶して引き出せる。
閲覧しているうちに足音が近づいてくる。おそらく事務員が戻ってきたのだろう。ノックの音のあと、事務員が入ってきた。
「失礼致します。館内を探させたのですが、ヘアゴムの落とし物は……あっ」
事務員のヒロキが、部屋の隅に落ちていた――サトリが先ほど放り投げたのだが――ヘアゴムを拾い上げた。
「こちらでは?」
「あっ! 本当だ! 灯台下暗しですねぇ、全然気づかなかった! ありがとうございます」
こんなことさせるなよと物言いたげな目を向けてきているが、トリプルに直接苦情は言わないタイプのようだ。
「ご要件は以上でしょうか」
「失礼ついでに、もう一つお願いしたいことがあるんですけど」話しながら、全ての地図の閲覧を終えていた。「あのぉ、『庭』ってありますよね」
「庭、ですか?」
「ええ。『ショウジョの庭』でしたっけ? 都市伝説で聞いたことあるんですよね。人間とは違う宇宙人? がそこで保管されてるって噂……本当なんですか?」
サトリの脳裏には、地上三十二階のマップがはっきりと浮かんでいた。フロアの八割ほどが「ショウジョ専用」の庭になっているとあった。
これがあの宇宙人と関係があるかは賭けだったが、すべてのマップの中でこれだけ一つ、異常だった。フロアの八割を占めるほど広く、詳細な情報がなにも書かれていない。大抵はここにどの機材があるなどのリンクがあったのに、庭はただ『ショウジョ専用』とだけ書かれていた。
事務員はサトリの質問に「はあ、わかりません」とうんざりした様子で答えた。
「どうしても気になるんですけどぉ」
「では、上の者に尋ねましょうか、無理だと思いますけど……」
「お願いします」
アイズで連絡を取ろうとする事務員だが、一度首をかしげた。
「あれ、ネットの調子が悪いな……直接聞いてきますので少々お待ち下さい」
そう言って事務員が外に出ていった。ネットの調子を悪くさせたのはサトリである。このタイミングで無意味なデータの転送を繰り返したため、回線が逼迫して繋がりにくくした。この場所にいられては困るから。
足音が聞こえなくなってから、サトリは持ってきたカバンから白衣を取り出して身にまとい、会議室を出る。
先程来た方とは逆の方向に歩いていく。複数の会議室が並んでいる廊下を進むと、奥にエレベーターがあるはずだった。サトリの脳裏には先程見て脳に焼き付けた地図が浮かんでいる。
エレベーターホールの方から声が聞こえてくる。
「――対応してるゲスト、超めんどくさいんですけど……ショウジョの庭? に連れていけって言ってて……なんですか、それ。自分知らないんですけど……え、機密なんですか。はあ、『シキュウ』関係の。自分もよくわかりませんけど……」
支給? 至急? それとも死球? 機密ワードらしいことしかわからない。
「……はい、わかりました。早く帰らせます」
どうやらとっとと追い出すのがいいと結論が出たらしい。自分も同じ立場だったらそう指示するだろうな。
観葉植物の影に隠れ、ヒロキが先ほどの会議室に戻っていくのを確認してからエレベーターホールへ。エレベーターは左右に十台あり、上階行きは三十階までと、それ以上とが分けられている。マップに書かれていたとおりだった。
一瞬迷ってから、やはり興味が捨てきれず三十二階に行ける上階層行きのボタンを押した。
エレベーターに乗り込む。運良く誰も乗ってこないまま、三十二階までスムーズにたどり着けた。
三十二階は、一階とはまるで雰囲気が違った。
一階の会議室の中では常に誰かしらが会話していたり仕事をしていたりする様子があったのに、この階は人の気配がまるで感じられない。オフィスや会議室などもない。
入ってすぐに、天候投影システム(スカイプロジェクター)の外部機器。コロニーの外にあるものと同じだが、ビルの中で天候投影するという発想がサトリにはなかったため驚いた。屋根もあるし、わざわざ天気を作る必要がわからない。
訝しく思いながら進むと庭につながる自動ドアがあった。この先が、ショウジョの庭……。
研究所所長の権限でアイズが承認され、ドアが開く。
扉の先に広がっていたのは、真っ白な花が一面に咲き乱れる、巨大な庭園だった。見上げて上に広がるのは本当の空ではないはずだが、システムのおかげで日光のぬくもりのようなものさえ感じる。
そして、そこに、白く長い布のようなものをまとった宇宙人の大きな目が、サトリの方をじっと見つめていた。ある者は怯え、ある者は興味、ある者は……完全なる無関心で、ただ反射的に。
ぱっと見る限りでも、宇宙人が二十人はいた。あの日、車で強制的に連行されたのと同じような華奢な体型をした宇宙人ばかりがそこに集められている。顔はそれぞれ少しずつ違って区別をつけるのが難しいが、どう見てもサトリたちのような顔つきではないことは明らかだった。
恐怖、関心、いろんな感情がないまぜになる。
天候投影システム(スカイプロジェクター)がランダムに吹かせる風が、花の香りを運んで鼻腔をくすぐっていく。風の方向を思わず見て、サトリは生唾を飲み込んだ。
風上のベンチに座っている、宇宙人。それは間違いなくあの夜見た、「あの」宇宙人だった。心拍数が跳ね上がる。
ただし、あの夜と違うのは、その大きな瞳から完全に光が失われていて、更に両足がなかったこと。あの日は、たしかに自分の足で駆けていたはずなのに。
サトリは宇宙人に歩み寄る。
「きみ……」
暗い瞳が、サトリの方に向いた。表情は変わらない。その代わり、叫んだりすることもなかった。
「君、名前は?」
「……」
答えない。言葉が通じないのか、喋れないのか、名前がないのか。どちらにせよ、なんとかして名前をつけて識別することを優先したかった。
「おれの名前は、サトリ。きみは?」
「……」
ぼんやりとサトリの方を見つめる瞳。
「じゃあ、きみのことを、ワカバって呼ぶ。わ、か、ば」
宇宙人は、ゆっくりとまばたきをして、そして口を開いた。
「わ、カ、ば……」
サトリは、それらの音節が知っているどの言語のものでもないことに気づいた。それから、声帯も違う質のものだ。外見年齢的に恐らく十代前半くらいだが、一切の声変わりをしていない。生物学的に違う個体だと認識したほうがいいのだろうか。
もう少し話せば何かわかるだろうと会話を続けようとしたときだった。
突如、庭の中にアラートが鳴り響いた。宇宙人たちがそわそわし始める。反応から考えればこのアラートは緊急事態を知らせるもので、当然、サトリが侵入したことに対するものだろう。
そりゃ、庭の話をしたのに、庭に確認しに来ないわけがない。はやる気持ちを押さえて他の場所について尋ねればよかったとサトリは少し後悔した。だが時すでに遅し。サトリがここにいることは恐らく出生研側に気づかれているだろう。宇宙人とコミュニケーションを取ることを一旦諦めた。
そこにダルマからの着信があった。ここに潜入してから初めてだった。
ジャミングのひどい雑音の中でダルマの声が聞こえてきた。サトリはそれだけで少しホッとした。
「サトリの方にいっぱい職員が向かってる。そっちの様子は」
「宇宙人がいた。いっぱい」
やっぱり宇宙人のほう行ったかよ、とダルマがクスクス笑っている。怒られるかと思っていたが、ダルマはその程度で腹を立てるような人間ではなかった。
「宇宙人と一緒に逃げられるか」
宇宙人を見る。まだ興味深そうにサトリを見ているのも居るが、サトリはどうしても先程ワカバと名付けた宇宙人のことが気になってしょうがなかった。
「……二十はいるから、いま全員逃がすのは難しい。それから……おれたちが見たあの逃げてた子……両足を切られてる」
「チッ、ひどいことするもんだな」
人型の生物の手足を切断して、白々しくトーキョーの出生を牛耳って、清廉潔白・正義実直を装い「人類のために」営業する研究所。
そんな場所にこの可憐な子がいることが、どうしても耐えられなかった。
「ワカバ。ここから、外に出たい?」
ワカバはパチパチと二度まばたきをした。やはり言葉がわからないらしい。サトリは出口である自動ドアを指さした。
「外」
「そ、と」
オウム返しをしているだけだろうが、それでもドアを見たときの瞳が、ほんの少し揺れた。ワカバが足を切られた理由は脱走したことに対する罰だろうという勝手な推測を裏付ける、そんなゆらぎ。もう一度逃げたら、命はないと思っているのかもしれない。
「……おれと、外に出よう」
「おれと、そと、でよう」
「うん。ワカバ、一緒に外に出よう」
「いっしょ、でよう……」
強引だが、こうするしかない。
「同意形成。これでいいかな」
サトリ側の会話はダルマにも全て聞こえていた。
「大丈夫だろ。嫌なら後で帰してやろうぜ」
サトリは左肩に担ぐようにしてワカバの身体を抱き上げた。ワカバは信じられないほど軽かった。筋肉量も極端に少ない。他の宇宙人たちは、まだこちらを見ている。
「ごめんね。君らの友達、連れ出させてもらうね」
宇宙人たちは全員こちらを見ていた。返事はなかったが、嫌だと抵抗する様子もなかった。
「ダルマ、離脱予定地点はE2。三十二階から飛ぶ」
「オーケー。頑張れよ、敵がそろそろ来るぜ――」
ダルマの言葉と同時に、出生研の社員が十人くらいまとめて庭の中に入ってきた。
そこにはヒロキと、昨日案内してくれたコウヘイもいた。コウヘイはサトリがワカバを抱きかかえているのを見て顔色を変えた。
「何をしているんですか!?」
「ごめんね」
「その子から離れてください!」
「離れたくないなら、逃げるしかないんだな!」
サトリの周囲にまばゆい青い光が満ちる。その光に目がくらんで目を閉じる社員たち。
その隙に庭の端まで駆ける。そこがちょうどビルの端であり、落ち合う予定の場所の真上。
レンガの壁には蔦が絡まっていた。一般的な壁なら火を使えば燃やせただろうが、レンガは耐火性に優れていて、燃やすのは困難。つまり、レンガは火ではなく、力で破壊するのが最適解。
「頼む、壊れてくれ……っ!」
ガツン! と大きな音をたてて強烈な衝撃波がサトリの手から発せられ、レンガが粉々に砕け散った。レンガがバラバラと外に落ちていくのと一緒に、ワカバを抱えたサトリがそこから飛び降りた。
地上三十二階からのダイブ。怖くないわけがない。
「ヒィッ……!」
ワカバは小さく叫びながら、恐怖にぎゅっと目を閉じている。
「大丈夫、大丈夫だよ」
サトリがワカバの細い身体を抱きしめる。ワカバは震えながら、涙で濡れた目をサトリに向けた。サトリの胸が痛いほど締め付けられる。
おれが、ワカバを守らなければ。そんな焦燥感にも似た強い思い。
地面が近づいてきて思わずぎゅっと目を閉じると、まぶたの向こうから赤い光が見えて、五階ほどの高さで、ふわりと身体が浮かんだ。
「ナイスダイビング。サトリ、勇気あんじゃん」
サトリの真下に急ブレーキをかけながら真っ赤なオープンカーが停車して、ダルマがサングラスを上げてこちらを見ていた。
赤い光に包まれたサトリとワカバの身体はゆっくりと降下して、車の後部座席に優しく降ろされた。一緒に落下してきたレンガは地面にばらばらと散らばる。赤い光の障壁に跳ね返っているものもあり、ダルマがいなければ直撃していたのかと思うとぞっとした。
「逃げるぜ。しっかり掴まれよ」
ダルマが思いっきりアクセルを踏み込んだ。急激な加速に思わず「うぐ」とサトリが声を上げるとダルマが笑った。
「舌噛むなよな」
そんなこと言われたって。正直、三十二階からのダイビングより今のほうが不安だ。
道を切り裂くように、赤いオープンカーが走り去る。
後を追ってくる者はいなかった。
続きは10/22投稿予定
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