宇宙語学者



僕らの尊敬する宇宙語学者、アリッサム博士は

毎年、第一回目の講義の日

真っ白な髪をのせた、半分はげた魅力的な頭と

綿菓子みたいにやわらかい笑顔で

学生全員に質問するんだ

ニューカマーズは、先輩たちから聞いて知っている

誰か一人でも答えなければ、この第一回目の講義は終わらないのだと

だからみんな、がんばって考えてきているんだ

質問は、毎年決まっている

アリッサム博士は、壇上でうれしそうに、くるりとターンした

今年もバッチリ決まった

「皆さん。宇宙語で最初に覚えるべき言葉はなんですか?」

アリッサム博士、うれしそうに、一番前の右端の席にすわっていた学生に

「ハイ、君から」

と指差す

学生みんな、一生懸命考えてきた答えだけあって

色とりどり

まじめだったり

おかしかったり

素敵な答えがたくさんでた

それと同じだけ

みんなどきどきしていたと思う

僕もどきどきしていた

ついに僕の番が来た

「ハイ、君」

僕は立ち上がって、答える前に質問した

「ふたつあるんですけど、良いですか?」

アリッサム博士は目を丸くして、「ほお」と声をもらす

「ふたつですか。いいですよ。どうぞ」

僕は大きく息を吸いこみ、アリッサム博士の目を見つめた

「おなかがすいた、と、トイレはどこですか、です」


一瞬、静まり返る大講義室


みんなは僕の顔を見、それからアリッサム博士の顔を見た

アリッサム博士は、真顔で僕の顔を見ている

僕はさすがに青ざめた

こんなに色々答えが出たのに

僕の答えだけ失敗なんて

腋の下を冷たい汗が、つるりと流れた

その時

「――ブラヴォーです」

アリッサム博士の小さな声が、大講義室全部に通った

アリッサム博士の手が、そっと真っ白な髪にのせられて

ぱっ、と頭から離れた

「脱帽」

それは見事な、つるっぱげのアリッサム博士の頭


さらに静まり返る大講義室


アリッサム博士、僕に向かってふかぶかおじぎをし、ゆっくりと頭をあげた

太陽の光に反射するはげあたま

にやりと笑ったアリッサム博士

学生全部が大爆笑

アリッサム博士は壇上に真っ白な髪をおき、「いやいや」と首を横にふった

「皆さん、笑ってはいけません。これはとても大事なことです。

 この答えは、我らの真理。

 我らは、生きて、肉体があって、物を食して、出して、存在している。

生きていれば、禿げもする。

 それを伝える大事な言葉ですよ」


僕に向かって秘密でウィンク

太陽の光に、きらりと輝くアリッサム博士の頭

僕らの尊敬する宇宙語学者、アリッサム博士は

僕が一等好きな人なんです





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