第37話 非合理な非言語


日本には、新卒という文化がある。

大学を卒業してすぐに社会に出る22歳周辺の方々が直面する、横並び就活制度だ。


若者たちが無個性な黒系スーツに身を包んで立ち並ぶ異様な光景に、世界の外人たちが「社畜の出荷過程」「ビジネスターミネーター」と恐怖に打ち震える――そんなザ・ジャパンな制度の中で、どのように企業は優秀な学生を見分けるのか。

面接、適性検査、インターン等、方策は色々あるが、最も広まっているのは『SPI』であろう。

ここ20年ほどの間に新卒をした方なら誰でも名前くらいは聞いたことがあるはずだが、知らない方のために簡単に表現すれば、数学と国語のテストである。


その歴史は実は古く、江戸時代にまで遡る。

というのは真っ赤な嘘であり、真実はかのリクルート社が50年も前に考えて地道に広げてきた人事向け商品である。

社会人としては「さすがリクルート、商魂が強い」と思いはするが、受験勉強からようやく解放されたと安堵していた学生たちを毎年地獄に叩き落とすこのテストは、各年度の新卒50万人ほどから新しく恨みを買っているわけで、業が深い商品とも言える。


SPIは、基本的に『言語』、『非言語』、『適性検査』の3分野で構成される。(場合によっては英語と構造的なんとかという分野も入るが、採用する企業が少ないのでほぼ不要らしい。)

その中でも特に例年学生を泣かせているのは、『非言語』という分野である。

一見して『言語に非ず』とはこれ如何に、と感じるがなんのことはない。

数学をかっこよく言ったである。


太古の昔、私も文系の友だちに泣きつかれたことがある。「非言語を教えてくれ」と。

言語に非ずを教えるとはこれ如何に(ry と思いつつ、そのとき意識激低就活によって超絶中小企業に次の進路を決めていた私は、快く友人に解説をした。

問題の中身は、中学数学のこねくり回しであった。

「確かに久しぶりだと辛いよなぁ」なんて思いながら、問題は大学生としてはそれほど難しい部類ではなく、また一大ジャンルとなっている速度問題に至っては小6の分野である。

なぜこれほど友人が深刻な顔をしているのか、イマイチピンとこなかった。

彼女だって大学受験を越えているはずであり、焦らずやれば解けるのに、と。

が、「数学が苦手なのだろう」と深く考えることはなかった。


その表情が、今になって沁みている。

私は分かっていなかったのだ。

SPIの本当の恐ろしさに。



転職活動をするために、SPIを受けるハメになった。

新卒当時の私は、研究室に来たOBの会社に入るという最も意識の低い就活生だったので、SPIなど一度も受けたことはなかった。

当然、中途採用にも使われるなどという事実は、直面するまで知る由もない。

なので、受験を指示するメールを受け取ったときは、「マズイなぁ……テストなんて久しぶりなんだけど」と苦々しく思いつつも、当時友人と解いた問題を思い出し、「まぁ適当にやればいけるか」と気楽な気持ちでB◯◯KOFFで買ったテキストを開いた。

(ちなみに、毎年新卒が売りに来るのか、1冊220円ととんでもなく安かった)


そして、最初の数ページを見て、私の視線は止まった。

まだ問題には入っていない。その前のイントロダクションであり、『SPIを何分で解かなければいけないか』が記載されたページである。


そこには、『全30分で30問超』と記載されていた。

つまり、一問一分弱の計算だ。


嫌な予感を覚えながら実問題を解いてみると、問題文を読んで理解する時点で回答時間の半分が終わってしまった。


私はようやく、非言語が友人を泣かせた理由を悟り、自分の愚かさ加減に頭を叩きたくなった。

SPIが毎年の新卒に恨まれる一番の理由は、問いの難易度ではない。

時間だったのだ。


もちろん、SPI試験を企業が行う目的は応募者の足切りにすぎないので、全問解ける必要はない。ライバルたちより多めに点を取れば選考通過という目的は達せられる。

しかし、企業側が合格ラインと示すことはなく、一度きりしか受けられず、さらにその結果によって入れる会社=将来の年収も決まってしまうという不完全情報かつ重大な試験において「ま、他の人も解けんやろ」とハナホジしながら受けられる剛の者がそういるだろうか?

得点は極力高いほうがいいという実質無制限のゴール設定によって、学生たちは問題集という滑車を回し続ける悲しきラットとなる他ないのだ。


そんなわけで、私も今になって無事、非言語に泣かされたわけである。

皆より何周も遅い気づきであった。(周回遅れはいつものことではあるが……)

そして今は、もう二度と見ることもないと思っていた、速度だの確率だのの解法パターンを頭に叩き込んでいるところだ。

当然のことながら、私は実際の仕事においてAさんとBさんの合流地点を求めたことも、円卓に座る人間のパターン数を求めたこともない。

テストのための問題に対するテストのための暗記など、ググれば何でも出てくる時代において非合理的な努力と個人的には思っている。


しかし、それで決まってしまうのが社会なのだ。

非合理で、大数で、多数決的思考の集合体。

あまり本質的でない試験であっても「みんなやっているから」で採用してしまう、曖昧で無責任な世界。

そんなカオスの海を渡り切るには、「真実の私を見て!」と海に向かって叫ぶのではなく、ルールに頭を垂れつつ非言語で高得点をとって、数字でぶん殴るしかないのだ。

たとえそれが、非合理な行為であっても。


私は泣き、後悔し、心の中の友人に「SPIナメててごめんなさい」と謝罪した。

心の中の友人は困惑していた。

今度久しぶりに会って、非言語の解き方を聞こうと思う。


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