第3話 突然と和解
えたいの知れない不満な気持ちが私の心を始終おさええつけていた。
夜二十時に帰ってきた姉によって、知美はやっと家に入ることができた。
ぶつけようのない苛立ちが知美の胸の中にぐるぐると渦巻き、由里に対するくすぶった怒りを抑えることができないでいた。
何度か由理にL I N Eを送ろうとしたが、どんなに書いても八つ当たりのような文章になってしまい、結局送るのをやめた。
部屋着に着替えて、知美はベッドに寝転んで天井を見上げた。
どうすればいいのだろうか。
このまま由理に対して憎悪を募らせたくなかった。
知美は自分自身が情けなくなって、泣きそうになってきた
その時、部屋をノックする音が聞こえた。
「ねぇ、ちょっとさぁ!」
不満げな声と共に姉が、部屋に入ってきた。
「この前貸したジャケット、クリーニング出しておいてって言ったでしょ!」
今日は何て日なんだろか。
ため息をつきながら、ベッドから知美は体を起こした。
「今、それどころじゃないの」
苛立った気持ちが言葉に出てしまっていた。
「は?何その態度!もう、服絶対貸してあげないから!」
姉は怒って、ドアを閉めかけて、
「ばか!」
そう言って、何かを知美のベッドに投げつけた。
小さな何かは掛け布団にぶつかり、跳ねて床に転がった。
苛立っていた知美も何かを投げ返そうと、枕に手をかけたが、その時には部屋の扉は勢いよく閉められてしまった。
誰かが悪いわけではない。
どちらかと言えば感情的になっている知美の方が悪い……のかも知れない。
知美はベッドに背中から倒れ込んだ。
もうこのまま寝てしまいたい。
ゆっくりと目を閉じかけたが、明日はまだ学校があるからお風呂に入らないと。
そう思い直して、大きなため息をつきながら知美はベッドから起き上がった。
ふと、ベッドの横に姉が知美に向かって投げた、何かがあるのが見えた。
「え、これって」
知美は慌てて、そのものを拾い上げた。
人差し指くらいの真っ赤な円柱をしたもの。
それは、数日前に由理に無くされたと思っていた、誕生日にもらったリップだった。
「なんで?あれ?え」
休日の記憶を辿るが、細い部分が曖昧で、貸したことは覚えているが、返されたかどうかの記憶はぼんやりとしている。
「お姉ちゃん!このリップどこにあったの?」
知美は部屋から飛び出して隣の姉の部屋に駆け込んだ。
「勝手に入ってこないでよ!」
姉は知美との先ほどのやりとりもあったので、ムッとして不機嫌だった。
「さっきはごめん。それよりも、このリップどこにあったの?」
嫌そうな顔をしながらも、姉は知美が持っているリップを見た。
「ジャケットの胸ポケットに入っていたけど」
そう言って、ハンガーにかけられたジャケット、この前の休日に由理と遊びに行く時に借りた大人っぽいグレーのジェケットを指差した。
そのジェケットを見た時、知美は、由理との会話がファラッシュバックのように蘇ってきた。
その日はよく晴れた日で、カフェのテラス席でジャケットを脱いで、椅子にかけていた。
知美がトイレに行こうと立ち上がった時、
「胸ポケットに入れておくね」
由理の声が聞こえた。
「うん」
知美は背中越しに返事をして、そのまま……。
苛立ちが後悔に変わり、怒りが大きな罪悪感に変わっていく。
「ごめん」
知美は血の気が引いていくような気がした。
「あ、いや、いいよ。私もクリーニング出すものあったから一緒に出しとくからさ」
姉は急に落ち込み始めた知美に戸惑ってそう言った。
知美は部屋に戻ると、壁にもたれて座り込んだ。
全部、勘違いだったんだ。
喧嘩の発端から、今日由理に苛立ったことも。
全部自分が原因だったんだ。
それなのに、こんなにも由理を責めてしまっていた。
自己嫌悪が湧き上がってくる。
どうしよう。まずは謝らないと、そう思って携帯電話を持った時、由理から着信がかかってきた。
びっくりと後悔で知美は液晶画面を見たまましばらく固まってしまった。
通知を告げる音が鳴り続ける。
知美は意を決して、携帯の通話ボタンを押した。
「もしもし、、」
「もしもし、知美!ごめんね。借りたパーカーに鍵が入っていたんだけど、大丈夫だった?これ家の鍵だよね?ごめん、私がドジだから迷惑かけちゃて」
由理は電話の向こうで必死に謝っていた。
知美の中の後悔や罪悪感が解けてゆくと同時に、由理への愛情が湧き上がってくる。
「ううん、そんなこと全然だよ。それよりも私の方が悪いの。ごめんね。リップ、あったんだ」
「え、なんのこと?」
由理が電話の向こうで不思議そうな声を出した。
「うーんと、ううん、なんでもない。私は由理と友達になれてよかったてことだよ」
「え、なにそれ?でも、私も知美と友達になれてよかったよ」
由理が恥ずかしそうに笑ったので、知美もつられて笑った。
「あ、そうそう。今お父さんに車出してもらったから、鍵、知美に家に届けにいくね」
「え、明日でいいのに!」
「困ってるかなーとも思うし、お母さんに言ったらすぐに持ってけ!て言われて、もう家出っちゃんだよね。てかすぐ着くと思う」
「え、そうなの?」
「うん、あ、ついた」
「早くない?ちょっと待ってね」
知美が電話の通話ボタンを切ると同時ぐらいに
ピンポーン!とインターフォンがなった。
「待って、私が出る!」
知美は、叫びがら慌てて階段を下って行った。
*この小説は「文芸貴久書店 3号」に投稿し、掲載された作品です。
青春起結 鈴木魚(幌宵さかな) @horoyoisakana
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