一生に一度だけの魔法

炭酸吸い

一生に一度だけの魔法




「こいつ一生に一度しか魔法が使えないんだってさ」

「本当に使えるかも怪しいよね」


 冬。

 リーゼロッテ魔法女学園に通う最低階級――〈ブロンズ〉のニアは、本来相手にすらされないであろう特待生――〈サファイア〉のフォルティーニャ・ローゼンバーグと、その取り巻きに日常的に絡まれている。

 一口に言うと虐められていた。

 理由はごくありふれたもので、「魔法が使えないから」という落ちこぼれの烙印によるものだ。


 ニアは赤みがかったくせっ毛を指で遊ばせながら、日の届かぬ場所で、蚊の鳴くような声で答える。


「使えるもん」

「なに? 小さくて聞こえない」

「魔法。一回だけなら使えるもん」

「それ証明出来るわけ? 『一生に一度だけど使える』って大層に言うけれど、見たことないのに信じる人いると思う? 使えても賢者候補のフォルティーニャ様には毛程も及ばないんだろうけどね」


 取り巻きの女生徒は、賢者候補生の銀長髪フォルティーニャを称え、赤毛のニアを見下す事で『学園での立ち位置』を構築していた。

 実際、取り巻きの三人は一階級上の〈シルバー〉でしかなく、宝石の名を冠するサファイアクラスとは雲泥の差である点でニアと変わりない。


「その辺にしたら」


 銀髪のフォルティーニャが凛とした声で三人を制する。


「……先生が来ちゃうでしょう?」


 そうして、濁った宝石のように光る笑みで、ニアの手を優しく取る。

 ニアはその所作に心を奪われていた。

 ――〝人心掌握〟の魔法。

 ローゼンバーグ家でもひと握りの人間にしか使えない天性の才。学園の生徒は勿論、学長を除く教師に至るまで、その才能は発揮されていた。


「あなたは落ちこぼれなんかじゃないわ。世の理と一つになれば、あなただって〝宝石の世界〟に近づけるのよ」

「フォルティーニャ、またニアの練習に付き合ってあげているの?」


 フォルティーニャの魔力感知の通り、シルバークラスの担任がいじめの現場に駆けつけていた。


「ダメじゃない。あなたは優秀なんだから、もっと自分の才を磨くべきだわ」


 毎回、ボロボロになるまで取り巻きの〝尋問の魔法〟を受けているニアの存在は無視されていた。

 人の心を意のままに操る魔法により、皆学園トップである〈銀髪〉の将来にご執心だ。


「大丈夫です。私もニアの頑張る姿に影響されて、一緒に魔の高みを目指そうと誓いあっているので。勿論、彼女達も志を同じくしています」


 シルバー階級の三人も調子の良い声で答えている。


 魔法学園は五年かけてその才を磨く施設だ。

 この地獄は、まだ四年残っている。


     ◇


 春。

 陽の光で雪化粧を洗い流した学園は、未だにいじめの淀みをこびりつかせている。

 ニアは〝尋問魔法〟による肉体、精神的恐怖と、フォルティーニャに対する〝強烈な憧れ〟という相反する感情で、僅かな魔法回路が壊れかけていた。

 学園はそれを認識することなく前へ進み続ける。

 フォルティーニャを過去最高の賢者として送り出すために。


     ◇


 夏。

 桜の散りきる数だけ痛みと屈辱と尊敬を刻み込まれたニアは、いつしか魔法回路が枯れ果て、感情の殆どを放棄していた。

 残るは与えられた〈銀髪〉への憧れだけ。

 やがて、ニアにとって最後の冬が訪れる。


     ◇


 冬。

 身を切るような地獄はあと三年残っているが、もう地獄だという認識はない。


「フォルティーニャ様」

「もうすっかり従順になってしまったわね」


 フォルティーニャは、人形のような目で懐くニアに興味を無くしていた。

 遊び飽きたのだ。


「あなた、もういいわ」


 ニアの中で理解が停止する。


 ――もういい?

 ――もう相手にされない?


 それは、学園最強の女生徒から放たれた、事実上解放の宣言だった。

 残りの学園生活、虐められることなく平凡に卒業できる。

 そういう言葉だったが。


 ――捨てられる?


「嫌です」

「なに?」

「――ずっと一緒に居てください」


 人心掌握と虐めを同時に受け続けたニアにとって、それは一番受け入れられない事実だった。

 〝憧れ〟というものは毒にも薬にもなる故厄介だと、今更になって銀髪は思い知ることになる。


 気持ちが悪い。

 フォルティーニャの透き通った瞳が、そう吐き捨てるように嫌悪で濁る。

 だが、妙なことをぼそぼそと口にする赤毛に、その瞳が揺らいだ。


 ――最後の魔法をお見せするので、どうか、と。


「   」


     ◇


 赤毛は困惑していた。


「なにを……なにをしたの!」

「フォルティーニャ様になんて口の利き方。〝教育〟が足りなかったみたいね」

「違う、私は……!」


 言葉が出ない。

 まるで口にすると死ぬことを体が理解しているように、本能めいた何かが赤毛を制止していた。

 そして察する。

 ――これが一生に一度しか使えない魔法か。


 は、満足感と同時に喪失感に囚われている。

 相手もそうなのだろう。

 ――それでも。

 きっと高みに登るのだろう。

 彼女はそれを楽しみにしていた。

 濁った宝石のような笑みで、狼狽える相手に、将来を期待するように口にする。


「ずっとあなたを愛しています」

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