もう若くない作者が精一杯考えた標準的Z世代

牛盛空蔵

本文

 ある日の朝。

 流行りのブイフォン……ではなくその横に置かれた簡素な目覚まし時計が、ジリリリとやかましく鳴る。

「んん……」

 寝ぼけまなこでアラームをカチッと止めるのは、高校二年生の大浜。

 青春一杯の女子高生、Z世代の真っ盛りである。

「うーん、ムニャ」

 まだ眠そうだが、目をゴシゴシと音が出そうなほどこすると、のそりのそりと、まるで女子高生どころかおっさんのように、洗面台に向かった。

 なお、ブイフォンの目覚ましアプリを使わないのは、寝起きにいちいちスマホをいじるのは面倒だからであった。


 歯磨きをすると、リビングで両親に「おはよ」とあいさつし、朝食をとる。

 何食わぬ顔で席についたが、普段は買い溜めしておいた朝食用ゼリー飲料「ウィンザー」で済ませている。

 朝食は時間と手間がかかる。特に両親の手間を考えると、彼女はなおのこと、栄養バランスも考えられているウィンザーでいいじゃん、と考える。

 こういった考えをタイパというのだろうか。彼女は自問するが、やがて、大人たちに変なレッテルを貼られるのはなんとなく嫌だ、といういつもの思いにたどり着いた。

 脱線した。

「今日の天気は……」

 ここで今日は初めて、スマホを見る。

 天気予報アプリ。防災情報も一応兼ねている。

 両親はまだやや保守的なの人間なので、テレビの朝ニュースで天気を把握しているが、彼女にとってはアプリのほうがはるかに優秀にみえる。

「晴れか」

 その後、彼女は制服に着替えると「いってきます」と自転車で学校に向かった。


 彼女、大浜が通う高校では、授業中は学習用タブレットは使わない。あくまで自主学習用という位置づけだ。

 だが、大浜の親世代と違う点としては、電子黒板を使うことが挙げられる。

 彼女は小学校のころはアナログ黒板だったため、中学校に上がったばかりのときは面食らったが、いまではもはや慣れている。

「……この病気の正体は六条御息所の生霊であり――」

 黒板消しもチョークも無く、動画を表示できてチョーク板書のまだるっこしさもない、なかなか合理的ないいやつだ。板書としての表示内容も、おそらく専門スタッフが考えているのか、かなりわかりやすい。

 もっとも、彼女自身は紙のノートに記入するしかないのだが。

 彼女は眠たい国語教師の話を聞きながら、シャーペンだけを使って黙々とノートに書く。

 マーカーや色ボールペンを使わないのは、さまざまに色分けしても覚えないと意味がないからだ。

 実際、彼女はノートに記載した情報はまるごと覚える気でいるので、特に重要な部分だけにシャーペンで下線を引く程度で充分なのだ。

 やがてチャイムが鳴り、「今日はここまで」と教師が言った。


 迎えた昼休み。

「『はまちゃん』、一緒にお昼食べよ」

 はまちゃん、つまり大浜はいつものグループで弁当を取り出した。

 グループの一人、河原も杖を壁に立てかけて席に座る。

 彼女、河原は片足が生まれつき不自由で、いつも杖をついている。

 いじめなどは起きないのか?

 起きない。

 大浜たちにとって、色々な人間が教室にいるのは当たり前のこと、というか、そもそも他人と違うことに興味があまりないので、ただ粛々と配慮するだけであった。

 クラス内に不快な人間が現れれば、いじめに傾く危険はもちろんあるが、それとこれとは彼女たちにとって全くの別問題であった。

「ありがと。いただきます」

 みんなで弁当をつつく。

「昨日のネトフリャ見た? ひーちゃんが楽しみにしていたあの、アニメ、なんだっけ」

「オーガバスター」

「そうそれ、配信始まってたよ!」

 当然のようにアニメの話題をする。

 もはやアニメは、物にもよるが、基本的には「気持ち悪いオタク」のものではなく、女子高生の日常にも溶け込んでいる娯楽だった。

「へえ、いいな、帰ったらがっつり観るよ」

「そうだね。私も空き時間に観るよ」

 楽しいひととき。


 放課後。

 仲間たちは、生徒会やら漫研、文芸部やらに散ってしまい、今日は帰宅部の大浜一人で帰ることとなった。

 しかし文字通り「帰宅する」わけではない。

 個人指導の塾「銀橙会」に通うのだ。

 大浜は特待生待遇であり、かなり格安で勉強できることが彼女の中のちょっとした誇りでもある。ゆえに塾通いは中学の頃からずっと続けている。

 もっとも、個人指導型であり、時間もそう遅くまではやらないため、彼女の負担も少ない。

 ともあれ、彼女はチャリを走らせ、塾へ直行で向かった。


 塾も終わり帰宅。

「ただいま」

「おかえりー」

「晩ごはんが終わったら、いつものように勉強するから、入るときはノックしてね」

「はいはい」

 彼女はあいさつもそこそこに、部屋に向かう。空き時間でできる勉強をするためだ。


 開いたのは学習用タブレット。

 といっても補講動画などを開くのではない。

 彼女の場合、それはもっぱら単語帳、公式集に匹敵するアプリを使うために画面を開くのであった。

 人によっては補講動画を観たりしているらしいが、彼女の家は使用料をポンと出せるほど裕福なほうではないため、安い単語帳等のアプリの機械となっている。

 彼女は少しでも効率を上げるべく、私用スマホで集中力の上がる音楽を再生し、単語帳アプリを開いた。


 夕食後、余勢を駆って宿題や復習等を終えた彼女は、写真SNS「インステ」とショート動画サービス「カッチコッチ」を起動する。

 とはいっても、彼女自身は何も発信しない。観るだけである。一昔前の言葉でいえば「ROM専」となる。

 キラキラした写真にしろ、ショート動画で流行っているダンスにしろ、技術を身につけた巧い人間が全てであり、ド素人である大浜が戦いに参加する余地はない。

 ひとしきり楽しんだのち、彼女はささやきッターを開く。

 これも自分で発信はせず、気に入った商品のメーカーや推しの諸々などを巡回するために、アカウントだけ作ったのだ。

 彼女はブイフォンのバックグラウンドで、今度は普通の楽しい音楽を聴きながら、今日も推したちに何事もないことを確認した。


 就寝。

 消灯し、机の上の常夜灯のみを点けて、ベッドにもぐりこむ。

 健全な毎日を送るためには、充分な睡眠が必要である。

 彼女はリラックス音楽をスマホで再生しつつ、明日を思い描きながら、目を静かに閉じた。

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