エピローグ

「つまりわたし、いつの間にか国王陛下の養女になっていたんですか⁉」


 セレアは唖然とした。

 エドメ・ボランやゴーチェたちを捕縛し終えた後は後始末をモルガンに任せて、セレアはジルベールに連れられてレマディエ公爵家の馬車に乗り込んだ。

 そして説明を求めると、ジルベールはしれっとした顔で「セレアを陛下と養子縁組させた」と言い出したのだ。


 どうやらここは、レマディエ公爵家のカントリーハウスから馬車で半日ほどの場所にあるらしい。

 公爵家からセレアが消えたと報告を受けたジルベールは、急いで魔術師にセレアの居場所を探らせた。


 セレアはそっと胸元を押さえた。

 ジルベールから預かった腕輪はセレアには大きすぎたので、ひもを通して首にぶら下げてあった。


(これがあったからわたしの居場所がすぐにわかったのか……)


 ジルベールの心配性のおかげでセレアは無事に保護されたわけである。

 ジルベールはニナの報告を聞き、セレアが攫われたとわかると騎士を率いてセレアの反応があったここへ向かったらしい。


「そうだ! ニナは? ニナは無事ですか⁉」

「落ち着け。気絶させられたらしいが、大きなケガはしていない」

「そうですか……」


 よかった、とセレアは胸をなでおろす。

 安心したセレアは、ジルベールの言う「国王との養子縁組」についてジルベールに詳しく訊ねた。

 ジルベールは以前、ゴーチェが口出ししてこられなくするためにセレアを知り合いの公爵家の養女にすると言っていたが、どう転んで国王の養女になったのだろう。


「君が俺との結婚に頷いてくれていたら公爵家の養女にするのでもよかったんだけど、君がいつまでも受け入れてくれないから……。俺と結婚しなかった場合、よそから手出しできないように、陛下に頼んでおいたんだ。陛下の養女ってことは君はもう王女だからね。陛下の許可なく君を娶れる人間はいなくなるし、聖女だから他国に嫁がされることもない。だから君の身の安全は保障されるし……まあ、王女である以上多少は窮屈かもしれないが、少なくとも今よりはずっと自由に行動できる」


 ジルベールは苦笑して、セレアの手をそっとつかんだ。


「俺と結婚してほしいけど……、嫌ならそれでもいい。落ち着いたら陛下に頼んで君が好きなところに嫁がせてもらってもいいし、しばらく結婚したくないなら、城でのんびりすればいいだろう。陛下には頼んでおいたから、君が望まないところに嫁がされることはないよ」

「そんな勝手が許されるんですか?」

「聖女だからね。王家としては、どんな手を使っても確保しておきたいだろう。俺やほかの公爵家、もしくは陛下が信頼している家に嫁ぐならまだしも、ゴーチェやエドメ・ボランに好きにされるのは王家としても困る。そう言うことだ」


 やり方は少々強引だが、そこは国王からの圧力で黙らせるらしい。

 それに、ゴーチェやボラン侯爵は王女の拉致と暴行の罪で捕縛され身分も剥奪されるはずなので、横やりはもう入れられないはずだとジルベールは言った。


「君はもう自由だ」


 どこか淋しそうな顔で、ジルベールは笑った。

 セレアはジルベールに掴まれている手を見つめて、それから顔を上げる。


(つまりジル様は……わたしを諦めたってこと?)


 どうしてだろう。

 どうして、こんなに心が痛いのか。

 ジルベールはセレアを攫って邸に閉じ込めたし、今もすごく過保護で自由に外に出してもらえない。それを思えば、王女という厄介な身分であっても、城で過ごすほうが自由度は高いだろう。

 喜ぶべきことで、寂しがることじゃない。

 そのはずなのに――まるで、ぽっかりと心の中に穴が開いてしまったような寂しさを感じる。


「……結婚指輪、もう作りはじめたんじゃなかったの?」


 気づけば、小さな声でそう訊ねていた。

 ジルベールが肩をすくめる。


「普通のアクセサリーとしても使えるし、使いたくないなら宝石箱の中にでも納めておけばいいよ。大したことじゃない」

(大したことじゃ、ないんだ……)


 ジルベールの言葉に、セレアは自分でも驚くほどショックを受けていた。

 一緒にカタログを覗き込んで、ああでもないこうでもないと話し合って、そうして決めたデザインなのに、ジルベールにとっては大したことではなかったのだ。

 ロメーヌから結婚指輪を作るように言われたときは戸惑ったけれど――、ジルベールと一緒にデザインを考えるのはとても楽しかったのに。


「…………ジル様にとって、わたしってなんなの」


 視線を落として、セレアはなじるような声で訊ねる。

 なんか、胸の奥がもやもやして、ムカムカして仕方がない。

 拉致して閉じ込めるようなことをしておきながら、あっさり手放せるような軽い存在だったのだろうか。


(まあそうよね。瘴気溜まりを浄化する目的は果たしたんだもの、これ以上わたしを手元に置いておく必要なんてないんだわ)


 急速に心が冷えていく。

 もちろん、セレアの身の安全のために手を尽くして、国王陛下にまで頼んでくれたジルベールに感謝する気持ちはある。彼の目的を果たした今、セレアのことなんて放っておいてもいいのに、これから先のことを考えて動いてくれたのだ。

 だから、それを冷たいと思うべきじゃない。

 それは、わかっているけれど……。


 大声で泣きわめきたくなるような、自分でもよくわからない感情があふれ出しそうになる。

 それを必死に押し殺して、膝の上でぎゅっと拳を作った。

 ジルベールが身を乗り出して、セレアの作った拳の上に手のひらを重ねる。

 びくりと肩を揺らして顔を上げると、びっくりするほど真剣なジルベールの顔があった。


「君が俺と結婚する気があるなら、もちろんとても嬉しい」

「聖女は貴重だもんね」

「そうじゃない」


 ジルベールは言葉を探るように何度か口を開閉し、微苦笑を浮かべた。


「こういう時、気の利いた言葉の一つでも言えればいいんだが……、こういうことはあまり得意ではないみたいだ。ただ、これだけは知っていてくれ。確かに俺は、君が聖女だから求婚した。それを否定するつもりはない。否定すれば嘘になるからな。だが……」


 セレアの拳をそっと持ち上げて、優しくほどいた彼は、指をからめるようにして手をつなぎなおした。


「君と一緒に過ごすうちに、君が聖女だからではなく、君だから手放したくなくなった。だから逆に、君の意思を無視してこのまま強引に妻にしたくなかった。陛下に頼んだのはそのためだ。君が君自身の意思で考えられる環境を整えたかった。……たとえそれで、君がほかの誰かを選んだとしても、だ」

「……矛盾してるわ」

「そうだな。欲しいのに手放すのは矛盾しているかもしれない。でも、俺はそうするのが最善だと思った。もちろん、本当に君がほかの男を選んだらショックを受けるし腹が立つし、相手の男に嫌がらせの百や二百はするだろうが」


 それはさすがに嫌がらせの数が多すぎる。

 セレアが唖然とすると、ジルベールは肩をすくめた。


「もちろん俺も、君に選んでもらうために最善の努力はするつもりでいる。……でも、俺は君の喜ぶ贈り物が、よくわからないから」


 ドレスや装飾品を贈っても喜ばないセレアは、貴族男性からすればものすごく口説きにくい相手らしい。

 ジルベールは馬車の座面の端に置かれていた包みを取ってセレアに差し出した。


「俺にはこんなものしか思いつかない」


 包みを受け取って開けてみれば、そこには木の実の焼き菓子が入っていた。

 セレアは言葉に詰まり、大きく息を吸い込む。


「…………嬉しいわ、とても」


 やっとのことで震えた声を絞り出すと、ジルベールが笑った。

 ジルベールは長い指先を伸ばして、セレアの頬に触れる。


「君が好きだ。……俺と結婚してくれ」


 攫われ目を覚ましたその日に言われた求婚と同じ言葉。

 あの時はちっとも心が動かなかったのに、今は震えて泣き出しそうなほど嬉しかった。


「宝石でも指輪でもなく焼き菓子って言うのがカッコつかないが……」

「いいの」


 セレアは焼き菓子の入った包みをそっと胸に抱える。

 指輪も宝石も何もいらない。

 ジルベールがセレアが喜ぶかもしれないと思って考えて買ってくれた焼き菓子だ。セレアにとっては、どんな宝石にも勝る。

 ジルベールが一度立ち上がり、セレアの隣に移動してきた。

 焼き菓子を潰さないように、遠慮がちにそっと抱きしめられる。


「俺と結婚してくれる?」


 セレアはジルベールの腕の中で顔を上げて、そして泣き笑いの表情で言った。


「ええ。……結婚するなら、ジル様がいいわ」

「よかった……!」


 ジルベールは安堵したような、それでいてとても嬉しそうな顔で微笑んで、セレアを抱きしめる腕に力を入れ――、セレアが胸に抱きしめている包みからぐしゃっという小さな音がして慌てて顔を上げる。


「あ」

「……ふふ」


 たぶん今ので焼き菓子は砕けただろうが、別にいい。砕けたって食べられるし、何よりセレアもこのままジルベールに抱きしめていてほしいから――


 セレアはうっとりと目を細めて、自分からジルベールの胸にすり寄った。




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俺様公爵様は平民上がりの男爵令嬢にご執心 狭山ひびき@広島本大賞ノミネート @mimi0604

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