力の限界 3
(ジル様と結婚……か)
夜、カーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされた薄暗い部屋の中で、セレアはぼんやりと考えた。
横を向けば、人ひとり分くらいの隙間の向こうにジルベールが眠っている。
最初はあれだけ嫌だったのに、ジルベールと同じベッドを使うことにもすっかり慣れてしまった。
(最初は顔を合わせるのも嫌で、顔を突き合わせて食事をするのも嫌で……何かと部屋に入ってくるジル様がむかついて、……でもいつの間にか、全部に慣れちゃってる)
不思議なものだ。
何が何でも逃げ出してやると思っていたのに、今はそんな風には思わない。
逃げられないから、ではなくて、逃げたいと思わないのだ。
(ジル様は強引だけど、たぶん根底が優しいんだと思うわ……)
セレアの力が欲しくて結婚したいのなら、いつでも強引に進めることができただろう。ジルベールにはそれだけの権力があるし、王も認めているのならば怖いものなんてないはずだ。
それなのに、ジルベールはずっと待ってくれている。
口では「妻だ」とか「公爵夫人だ」とか言うけれど、それを真実にせずに、セレアが頷くのをただ待ってくれているのだ。
(ジル様はたぶんだけど、わたしを「聖女」としてだけじゃなくて、「わたし」として見ようとしてくれている気がするわ)
力が欲しいだけならセレアの気持ちなんて、心なんて、まるきり無視してしまえばいい。ゴーチェがそうしたように、利用できるただのものとして扱えばいい。でも、ジルベールはそれをしない。
だからセレアも、ジルベールを憎めないのだろう。
セレアはジルベールを起こさないように気をつけつつ、そーっとベッドの上に上体を起こす。
(そういえばこんな風にジル様の顔を見たのははじめてかも)
寝顔をじっと見下ろす。
改めて見ると、ジルベールはびっくりするほど端正な顔立ちをしていた。
いつもはジルベールの顔の造形なんてこれっぽっちも気にならないが、これだけ整った顔をしていて、公爵という身分まであれば、女なんてより取り見取りだろうにと、変なことを考えてしまう。
(貴族の……わたしじゃなくて、生粋の貴族女性の中に聖女がいればよかったのにね)
そうすればジルベールは苦労することもなかったし、セレアの行動に腹を立てることもなかっただろう。
市井育ちで、男爵令嬢――しかも、ジルベールにとって正面から求婚できないほど面倒くさいデュフール男爵家の令嬢であるセレアとの結婚は、彼にとってこれっぽっちもメリットがない。聖女であることを除けばマイナスでしかないのだ。
それなのに、ジルベールはその上さらにセレア自身の気持ちを考えようとしてくれている。
(おじい様が国王陛下なら、ジル様は一歩間違えれば王子様だったかもしれないのにね。……王子様なら普通、わたしみたいな平民と変わらない女の気持ちなんて、考えないでしょうに)
聖女であることをやめて、市井で自由に暮らすことができないセレアにとって、ジルベールとの結婚はほかに例を見ない良縁だろう。
少なくともジルベールは、セレアを大切にする気でいてくれている。
そしてセレアも――ジルベールのことが、嫌いじゃない。
(貴族社会から逃げられないなら……、わたしはジル様がいいわ)
そーっと手を伸ばして、ジルベールの前髪に触れてみた。
ちょっとだけひんやりしていて、つるっと滑らかな感触が指先に伝わってくる。
「ん……」
そのときジルベールが小さくうめいて寝返りを打って、セレアは慌てて手を引っ込めた。
起こしたかと思ったが、ジルベールに目を開ける気配はない。
セレアはホッとして、さっきまでジルベールの前髪に触れていた手を胸の上で握りしめる。
その指先が、ジン……と、熱を持った気がした。
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