だから夫婦じゃありませんから! 1
ジルベールから領地に向かうと報告を受けて五日。
セレアはレマディエ公爵家の豪華な四頭立て馬車の中にいた。
今日から二週間かけて、アングラード国の南に位置するレマディエ公爵領へ向かうのである。
さすが公爵家だけあって、馬車の乗り心地は最高だ。
王都から公爵領がある南の地域までは舗装された公道が通っていることもあって、びっくりするほど揺れが少ない。
とはいえ、セレアの中の比較が、デュフール男爵家の馬車とそれからこの前の荷馬車だけなので、もしかしたらお金持ちの馬車と言うのはどこもこんなものなのかもしれなかった。
(結局押し切られたわ)
ジルベールと二人きりの馬車の中で、小さな窓越しの景色を眺めながら、セレアはむぅっと眉を寄せる。
セレアはレマディエ公爵領になんか行きたくなかったのに、ジルベールは何を言ってもセレアが王都に残ることを許可しなかった。
まあ、逃げ出したという前科があるので信用されていないのだろうが、だからと言って、なんでセレアがジルベールの外出に付き合わなければならないのだろう。
(こいつ、我が物顔でわたしのベッドで寝てるし、暇さえあれば部屋に来るし、そんなに警戒しなくてももう逃げだしたりしないわよ)
逃げたいか逃げたくないかと問われれば、もちろん逃げたい。
しかしセレアが逃げると、バジルのように誰かに迷惑をかけるかもしれない。
殴られたバジルは幸いにして軽傷で、捻挫もひどくなかったと教えてもらったが、もしあの時ジルベールが助けに来なければどうなっていたかわからなかった。
もう大切な誰かが傷つくのは嫌だ。
だからもう、セレアは逃げられない。
「もうすぐ王都を出るぞ」
セレアと同じように外を見ていたジルベールが教えてくれる。
馬車からは、王都を一周ぐるりと囲う背の高い壁が見えていた。
王都に入ったり出たりするときは門番にチェックされると聞いたことがあるが、さすがレマディエ公爵家だ。馬車に家紋が彫られているからだろう、馬車を止められることなくあっさり通過できた。
壁の向こうには、のどかな田園風景が広がっている。
レマディエ公爵領へ行くのはちょっと憂鬱だったが、王都の外の景色はセレアをわくわくさせた。何と言っても、生まれてはじめての王都の外である。
「すごい、全然雰囲気が違う!」
「しばらくは同じような景色が続くぞ」
「へえー」
広い公道の左右には、緑色の麦畑が、奥の奥までずーっと続いていた。
それが風に揺れるたびにわずかに色を変えてとても綺麗だ。
「そんなに珍しいのか?」
「当然でしょ、王都の外に出るのははじめてだもの」
窓に張り付きながら答えると、窓に薄く映ったジルベールの顔が驚いたようになる。窓の外に何かびっくりするようなものでもあったのだろうか。菫色の瞳を見張って押し黙った彼が不思議で、セレアは振り返った。
「どうかした?」
「……いや」
ジルベールが、気まずそうに視線を落とす。
「王都の外が、はじめてだとは思わなかっただけだ」
「はじめてだったら問題でもあるの? もしかして、王都の外は魔物が多いのかしら?」
「別に、問題は……まあ、場所によっては魔物も多いが、そのために護衛をつけている」
「ああ、だから物々しいのね」
セレアとジルベールの乗った馬車とニナたちが乗っている馬車、それから着替えやその他の荷物を詰んだ馬車の周りには大勢の騎士の姿があった。他には魔術師も数人いる。
彼らはすべて、レマディエ公爵家の私兵だそうだ。仕事がないときは王都の騎士団や魔術団に貸し出して、彼らと一緒に訓練したり仕事をしたりしているため、普段はレマディエ公爵家ではなく城にいると聞いた。
何人かはレマディエ公爵邸の警備をしているのを見かけたことがあるが、こんなにたくさんいるとは知らなかった。
私兵を城に貸し出すのには、双方にメリットがあるそうだ。公爵家側は、城の騎士団や魔術師団での質の高い訓練を受けさせることができて、なおかつ私兵を遊ばせておかなくてすむ。王家側は人材が確保できる。これができるのは公爵家にのみ許された特権らしいが、ジルベールから説明されたときはよく考えたものだと思った。
デメリットは、そうすることでたまに引き抜きがあって、騎士団や魔術師団に私兵が取られることだそうだが、ごく稀なケースなのでジルベールはあまり気にしていないそうだ。本人がそちらに行きたいのなら別に止める必要はないと思っているという。
「……このあたりは王都から近いから許可できないが、もう少しいったあたりでなら休憩がてら外を散歩してもいい」
「いいの?」
「もちろん一人ではダメだが、俺と一緒ならかまわない」
セレアはパッと顔を輝かせた。
この際ジルベールが一緒でも構わない。
ジルベールはいろいろムカつくが、こういう時は親切だ。
レマディエ公爵領に行くのは相変わらず憂鬱だが、それまでの道中は意外と楽しめるかもしれないとセレアは思った。
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