ボラン侯爵の苛立ち
ブンッと風を切る音とともにペーパーウェイトが飛んで来た。
鈍い音がしてペーパーウェイトが肩にぶつかり、ゴーチェ・デュフールはうめき声をあげてその場に膝をつく。
目の前には、怒りで顔を真っ赤に染めたエドメ・ボランが、腕を振り抜いた体勢で立っていた。
ガラス製のペーパーウェイトは、ゴーチェにぶつかった後で床に落ちてパリンと砕けている。
「いったいいつまで待たせるつもりだ‼」
ゴーチェはその場に膝をついたまま、肩を抑えてエドメを見上げた。
「申し訳ございません、すぐに……」
「そう言いながらもう二十日も経っているんだぞ!」
「は、はい……」
ゴーチェはだらだらと冷や汗をかいた。
本当は、四日ほど前に手掛かりは見つけていたのだ。
どうやらセレアらしき女が市井をうろついていたという情報を入手したのである。
ゴーチェはすぐに使用人に探らせたが、使用人たちはそこで暴行事件を起こして捕縛されてしまったのだ。平民相手に暴行事件を起こそうと、普通ならばもみ消すことは可能だったが、今回は相手が悪かった。なんと、どこかの公爵の知人だったらしいのだ。
使用人たちはそのまま暴行罪で連れていかれてしまって、ゴーチェが面会することもかなわなかった。おかげで振り出しに戻ってしまったというわけだ。
しかしそんなことを言えばエドメをさらに怒らせることは目に見えていた。
エドメはどかりとソファに座りなおして、膝をついているゴーチェを睥睨する。
「このまま聖女が見つからなかったら、どうなるかわかっているんだろうな?」
ゴーチェはがたがたと震えた。
エドメからは、セレアを渡せば借金の肩代わりと、それから貴族院の議席を約束してもらえていた。けれどもセレアがいなくなった今、それらの約束は当然消え失せ、それどころかデュフール男爵家がつぶされる可能性だってある。
もっと言えば、これまで散々繰り返してきた詐欺や暴力行為まで明るみに出るかもしれない。
(なんとか、なんとかしなくては……)
エドメは恐ろしい男だ。
けれども、借金取りに家財を差し押さえられたゴーチェが、何とか生きていられるのはエドメのおかげでもある。彼が何とか邸までは取り上げられないように手配してくれ、当面の生活費を工面してくれているのだ。しかしそれはすべてセレアを手に入れるためで、ゴーチェのためではない。
エドメに見限られたら最後、家はつぶされ、これまで明るみに出ていなかった罪で牢にぶち込まれるだろう。ゴーチェの人生は終わりだ。
「必ず……必ずセレアを見つけて見せます!」
借金や議席なんてもはやどうだっていい。この先のゴーチェの平穏は――いや、無事に生きていられるかどうかまで、セレアを見つけられるか否かにかかっているのだ。
ゴーチェは平伏し、そしてぐっと奥歯を噛む。
(セレアめ……!)
七年も面倒を見てやった恩を仇で返しやがってと、ゴーチェは低くうめいた。
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