終章

親近



 三日寝ていたメイファはようやく持ち直した。元気になったが、熱にうなされたせいとはいえあれこれ不満を言ってユルスンに甘えた記憶を思い返してしまい顔から火が出るほど恥ずかしい。謝り倒すメイファに彼は怒ることを知らないのかただ笑い、親身に世話を焼いてくれる。


 積雪のおかげか陰鬱な山が一気に明るくなった気がする。白を反射して陽に眩しく照らされる山肌は見上げる分のほうが多い。下山が近いようだ。


「あそこ、見える?」


 ひらけた岩棚の上からかろうじて麓がのぞめた。


「もうすぐだ」

「でも歩けそうなところがないね」


 断崖が続いていて足を踏み外せば真っ逆さまだ。迂回するしかない。

 安全のためといえ手を繋ぎ合って肩を並べていると恋人のよう。今さら思い至る。まあ、誰にも見られてないしと平生を装う。

 ユルスンはというと今まで以上に優しく、それでいて親密になった。落石があれば腰を引き寄せ、沼があれば抱えてくれる。


「ユルスン、無理してない?」

「え?」

「わたしが寝てる間も見張ってくれてたし、休めてないよね?」

「大丈夫。それよりその枝、トゲに気をつけて」

「うん……」


 釈然としないメイファにユルスンはふわりと笑う。「あなたが頼ってくれて嬉しいんだ。僕は非力で弱いからいつも誰かに助けてもらってばかりいる」

「そう?」


 少なくともメイファよりは強い。それにこんな状況でも落ち着いていて冷静だ。頼りきりな印象は無い。


「昔からそう。弓がヘタだから狩りにも誘われないし遠乗りも断られる。でもあなたが乗馬を教えてくれるなら上達できるはず」


 寂しげに睫毛を伏せる。「まだアニロンは嫌?」

「ああっと、えっと、正確にはまだ辿り着いてないよね?だからなんとも言えないけど」


 駄々を捏ねてこんな変なところ無理だ帰りたいと喚いたのを後悔した。ユルスンにとっては母国をけなされている。もっと怒っていいのに。


「アニロンのこと、話だけでまだぜんぜん知らない、し……」

「じゃあもっと知ってもらえるようがんばるね」


 こつり。ユルスンは額を合わせた。そうしてから、あ、と離れる。


「ドーレンでは無礼か。僕らは親しい間柄どうしではこうするんだ。クセで、つい」

「……いいいきなり……」


 接吻でもしそうな近さだった!たまらず両手で覆う。ユルスンはそこはかとなく意地悪げな目をする。


「もしかして、どきどきしてくれた?」

「当たり前でしょ!こんなの初めてだよ!」

「あはは。まあふつう男女ではしないんだけど」

「しないんかーい!」


 からかわれた。拳を突き出してみせると再びその手を握られ、彼の長い袖の中に入れられた。


 二又に分岐したわだちの前で立ち止まり軽口をたたく。


「メイファとならどっちに行ってもいいね」

「いやいや、また山登りなんてごめんだよ」


 下に続いてそうなほうへと進み、片方だけ熱くなってきた手の温もりに耳まで赤くなった。


「ねぇ。汗かいてきたから、そろそろ」


 離して。言う直前、先んじてユルスンからそうされた。どころか、肩を強く突き飛ばされた。




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