通信



「アニロンこわいよぉ」

「こわくないよ」

「無理!わけわかんないのに足ひっぱられた。もうやだぁ」

「困ったな……」


 翌日は大雪が降った。ビャクシンの群生の根元、枝を引き下ろして風除けにした中でユルスンはメイファの寝床になっている。少しでも暖めるためだ。彼女はといえば昨日水に転落したせいで見事に風邪をひいた。これまでの我慢の糸が切れたのか今度はメイファが幼児がえりしたようになっている。


「なんでわたしがぁ、こんな、ところに」

「よしよし」

「ハオインに会いたい」

「また会えるさ」

「うぅ。寒いのに暑い……」

「疲れていたし無理もない。体の毒が出てるんだ。ゆっくり休むといいよ」

「ユルスンごめんねぇ」

「大丈夫だよメイファ」


 はなをすするメイファは朦朧として何度も謝っている。変なの、とユルスンはおかしくなって笑った。ドーレンの宮女はもっと高飛車で高慢ちきだと思っていたのに真逆だ。


 音も立てずに降りしきる雪を眺め、同じくらい白い自分の手を景色に重ねた。


 なよっちいとか羨ましいと揶揄やゆされたことはあれど綺麗だと褒められたのは初めてだった。男としてはおおよそ嬉しくないはずの称賛だったが、真っ向から認められてむずかゆかった。本心から言ってくれたのが伝わったから。


「可愛いひと……」


 無意識に呟き、我に返る。聞かれていたかと焦って急いで見下ろすも、メイファはすでに寝息を立てていた。



 しばらくほっこりとした気持ちを楽しんでいたのに、それを邪魔する無粋で耳障りな音がした。


『まあ、ユルスン!誰よその女!』


 来たか、と顔を上げる。


『ドーレン女と寝るなんて』

『スケコマシ、ユルスン』


 姿は見えない。これはの術だ。


「いまどこだい?」

『あっちの巫師ハワに邪魔されて山へ入れないの。気をつけて、あんた見つかったら殺されちゃうわよ』

『注意』

「わかった」

『そんな婢女はしため、泉にほうって早く帰ってきなさい!』

「公主の侍女を捨て置けないよ。一行は助かった?」

『まだ山の中にいるけれどひとまず敵は追っぱらったわ。この術、忌々いまいましい。あっちに腕のいいのがいる』

『むかつく』

「おまえたちは引き続き麓で待っていて」

『ユルスン!ドーレン女なんかに鼻の下伸ばしちゃダメよ!寝首掻かれても知らないんだから!』


 かさりと軽い音を立てて声は途切れた。相変わらず元気な下僕しもべたちだ。ふふ、と笑いメイファの頭を撫でた。


 波乱だな、と他人事に思った。国はこれからもっと荒れる。そんなただなかに鳥籠で育った姫が解き放たれて、どれくらい耐えられるのだろうか、むしろ途中で引き返すのではと予想していた。

 でもこんな面白い侍女を連れた公主なら少しは骨があるかもしれない――――いいや、公主よりも、今は。


「きみは、何者?」


 朗らかでも淑やかでもない陰気で暢気なメイファ。臆病なところが自分と似ている。それでいて無邪気に不思議な宝鏡を使いこなす。


「僕、きみのこと好きだな」


 疑問も躊躇もおぼえず、すとんと腑に落ちた。




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