宝鏡



 皇帝との謁見から十日後に後宮入りという慌ただしさのなか、邸の下女下男たち、ご近所さんやら取引先やらと別れの挨拶とささやかな宴を済ませ、身の回りの整理をしていると祖母から箱を手渡された。

 開けた中には瀟洒なまるい銅鏡がひとつ。


「これは?」

「ミンジュの形見じゃ。あの子はこの鏡と一緒に捨てられておった」

「すごく高そう」

三界洞見さんかいどうけんの鏡という」

「……?」

「過去、現在、未来。あるいは天地人、持ち主が望めば万物を映すといわれる幻の宝鏡じゃ。ミンジュは満月の夜によく使っていた。先代帝に一夜限りの恵みを得るのも、実は知っていたのではないかと思う」

「ええ……眉唾だなあ」

「妾は持ち主たりえなかった。その鏡は所有者が持ち主となるのではなく、鏡のほうが主を決めるのじゃ」


 メイファは曇りひとつない鏡面に自身を映した。見たところ、とびきり高価そうな以外は普通の鏡だ。


「お祖母さまは何を願ったの?」

「もう一度可愛い娘に会わせろと念じてみた。じゃが皺だらけのクソババアしか映さなんだよ」

「そっか……」


 どうにも怪しげな物品だが母の形見には違いない。元のとおりに仕舞い、持っていく数少ない荷のひとつに加えた。




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