公主



 夢現ゆめうつつで宮城の門から出るとすぐさま寄ってきた男が険しい顔をした。


「お嬢。……メイファお嬢さん」

「……ん?」

「まことだったのですか、話は」

「まこともなにも、イタズラなわけないでしょ」

「いきなりすぎます。アニロンと和睦の為の輿入れなんて降って沸いたような話、突然言われて誰が信じるんですか」

「そりゃ、わたしだって半信半疑だったよ」


 皇帝に謁見するまでは。なにかの手違いか勘違いか、褒美をもらうようなことはしていない。だとしたら断罪を受けるのかと内心気が気ではなかったのだが。


「誰かが皇上ファンシャンに入れ知恵したにちがいないです。お嬢のことなんて存在さえほとんど認知されてなかったはずなのに急に使者を寄越して『公主として異国へ嫁入りしろ』?今日ご主人様が乗り込んで来なかったのが不思議なくらいですよ」

「怒ってたけど」

「俺も怒っています」

「よく我慢したね、ハオイン」


 こんな日暮れまで。謁見はほんの少しの間だったがそれまで途方もなく待たされたためにメイファの腹は鳴り疲れてうんともすんとも言わなくなった。


「どこかで食べますか?」

「ううん。お祖母ばあさまが待ちわびてるはず」


 なにはともあれ家へ帰ろう、と歩きだした。





 二人の姿が道に見えるやいなや門でたむろしていた小姓たちが騒ぎ、家中の大人たちへ帰宅が伝えられる。


「おかえりなさい、メイファ、ハオイン。ご主人様が待ってる」

「だろうね」

「ごはんもできてるよ」

「ありがと」


 足を洗いやしきの奥の一室を訪ねる。透かし扉を開く前に「おそい!」と中で声がした。


 湯気立つ食器を並べた卓の向こうで眉間に皺を刻んだ女がイライラと扇を片手に打ちつけている。

 女といっても若くはないが、老婆と呼ぶにもしっくりこない、中年を少し過ぎたほどのメイファの祖母は威厳ある表情をさらに引きしめた。


「お祖母さま、ただいま」

「戻りましたご主人様」

「二人とも、お座り」


 ピッ、と二人分の席を指し、扇を置く。手を叩いて下女を呼び茶を淹れさせ、まずは食べるよう促した。


「それで?皇上はなんと」

「お遣いのひとがもってきた書状と内容は一緒だったよ」

「内容は、であろ。奴ならもっと下卑て品のない、お前をおとしめたことを言ったはずじゃ」

「あー……、まあ」

「言い返しもせず黙って帰ってきたお前もお前じゃ」

「いやいや、皇上に口ごたえなんてしたら首がとぶよ!」


 何を言うか、と祖母は目をいからせた。「仮にも血を分けた兄妹、ひと泡ふた泡吹かせて慌てさせてやればよかったのじゃ」

「そんな、兄妹といっても生まれて初めて会ったのに」

「それもこれも奴が謀反むほんを起こしたせいじゃ。実の父親を殺した不孝者に誰が頭を下げようか。奴のおかげでお前の母も病に倒れ宮へも上がれず死んでしまった」


 メイファは頬を掻いた。




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