第4話
「本当だった……」
「何が?」
寒さも深まり始め、これからいよいよ本格的に気温が下がるんだろうなという爽やかな予感の風が吹く日だ。いつも散歩する王宮の庭園のお決まりのコースを歩きながら、朝の清冽な空気を胸いっぱいに吸い込む。朝日が自然のあらゆるものに反射して、きらきらしているこの時間が好きだった。頼んだらいつだって笑顔でいいですよと言ってついてきてくれるユーベルントと、なんでもない雑談をしながら歩く30分。
「人生には3度モテ期が来るというやつですよ……」
「へえ!なあにそれ。初めて聞いた。モテ期?」
ロイヤルなお方には無縁の庶民の言い伝えですと言ってユーベルントが説明してくれる。一般的に人は異性同性を問わず多くの人に懸想される時期が被るんだそうだ。興味深い。
「ユーベルントも庶民じゃないじゃん。物知りだねえ」
「こんなことで物知り認定されたらカノン様に怒られちゃいます……」
ただでさえ多感な時期のキリエ様に変なこと教えないでって言われてるんですよ。今すぐ忘れてくださいといって両手を合わせるのが可笑しくて笑った。ユーベルントはいつもこういうが、自分が疑問に思ったことには何でも素直に答えてくれる。騎士という立場上、自分の言うことには従わざるを得ないのかもしれないが、そうではないと思いたかった。自分にとって彼は、いつも年上の面倒見のいいお兄さんだ。
「じゃあ今モテ期なんだ」
「はあ……もういい年なのに何でだかわかりませんが……やっと適齢期から脱したと思ったのに……嫌になってきました。俺がかっこいいからですかね?」
「うん、かっこいいもんね」
わはは、と軽やかな笑い声を立てる。今年で彼も33になるはずだった。騎士だからというわけではなく、貴族男性なら二十代のうちに結婚するのが普通なのに、ユーベルントには全然そんな素振りがない。てっきり王の剣として、それから誉れ高い次期騎士団総長としての仕事に邁進しすぎて(あと、自分の面倒を見るのに忙しくて)機会を逃しているのかと思っていたが、全然引く手あまただし、縁談が山のように来ているという。
「いいじゃん。僕ももう12歳なんだし、もしユーベルントが僕を心配して遠慮してるならいいんだよ。そろそろ近衛騎士も自分で決めるし」
「いやいやいや、そうですかあ?キリエ様を任せられるような奴が騎士団にいるかなあ」
とぼけてはいるが、口ぶりから察するに縁談には本気で困っているみたいだった。ユーベルントの事情は詳しく知らなかったが、叔父である陛下にも縁談がいくつも来ているのを知っているので、多分ふたりは似たような状況にあるのだろう。叔父上の場合、隣国ダムフォール以外にも、ヘイルシアムより更に向こうのベルトランや、東方の犀からも姫君の肖像と手紙が届いていた。
「叔父上も最近、よく肖像画をもらってるよ。ご結婚されないのかな?」
それがかなり頭痛の種なのか、叔父上を見かけるたびに、執務室の机で毎回頭を抱えている姿が思い出される。ああそれ俺も知ってますよ、めちゃくちゃ嫌そうなの……と言うので、ユーベルントも思い出したのだろう。同じことを考えてるのがわかって、顔を見合わせて笑う。
叔父上は成人後に性別分化するまで、王室一の絶世の美形だった美貌が今も健在で、大体どんな姫君の肖像画を見ても、叔父上のほうが余程きれいだと思ってしまう。
「実際会ったら、きっとどんな姫君もがっかりして帰っちゃうだろうね。叔父上の方がきれいだもん」
「そうかもしれませんね。悲劇だ……」
「でも本当に……叔父上も、僕が成人するまでってよく言ってるけど……僕のせいなのかも」
自身の父が、12年前のクーデターで父王と共に殺されたことを、知識としては知っていても実感はない。その時まだ生まれてもいなかった自分にとっては、頼りない王室で十分に愛情を注いでくれた叔父上こそが父のようなものだ。クーデターを起こしたのが当時の王弟殿下だったことから、今も王室には王位継承者が複数いることを忌避する向きがある。本来なら、叔父上も自分に気兼ねなく結婚して王室を存続させるべき義務もあるはずだった。
「俺はキリエ様が生まれる前からカノン様のこと知ってますけど、そんなこと全く無いですよ」
「ええ〜?そう?」
「俺はキリエ様の成長を拝見しているのがこの上なく幸せですし、カノン様もそうだと思います」
「ええ〜……?そう?」
「そうですよ」
にこっと笑うまっすぐな彼の言葉を聞くと、それが嘘偽りない彼の本心であることがわかって、胸があたたかくなる。生まれたときから自分が背負っている業のようなものは、いつも背後にぽっかりと穴を空けているけれど、それに飲み込まれずに済んでいるのは、間違いなく彼のおかげだ。
「ユーベルントは結婚しないの?」
「俺は好きな人がいるので……」
「え?」
「え?」
呆気にとられる。
「ユーベルント好きな人いるの?」
「いますよ!」
俺をなんだと思ってるんですか?と憤慨しているが、自分でも自分の反応にびっくりする。
彼にそういう対象がいるなんて意外だった。一年中、ほぼ毎日王宮にいて、叔父上の側から全然離れないのに、接する時間の長い自分すら知らない誰かが入り込む余地があるんだ。というか、なんでそれで結婚しないんだ。
「なんでその人と結婚しないの?」
「仕事が忙しいので……?」
「えー!結婚して!縁談断れば終わりじゃん!モテ期終わるじゃない!わかんないなーもう!」
「大人はいろいろ難しいんですよキリエ様……」
ぐるりと庭園を一周した散歩が終わる頃、ちょうど庭先につながる戸口に様子を見に来たらしい叔父上の姿が見えた。せっかくだから叔父上にもこのユーベルントの不可解な行動を伝えてあげようと思って駆け出した。
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