第11話 トライアル期間
「トライアル期間は二週間。
お互いの相性が良ければ、晴れて里親となります。
合わなければ、サリーちゃんを引き取りに来ます。
すべての環境が変わると不安がりますので、サリーちゃんが使っているゲージや、食器やトイレは、お貸しします。
ゲージは檻である反面、身を守る城です。
我が家でサリーちゃんを預かった時は、最初の二週間は怖がって、毛布から出てきませんでしたから、本人が出たいと意思表示をするまで、ゲージは開けないほうが、いいと思います。
なお、この子の予防接種や避妊手術にかかった費用は、里親さんにご負担いただいております。
それは次の保護猫に使う費用と、させていただいております」
里親宅にサリーを連れてくると、管理人さんは、一通りの説明をして、帰宅した。
サリーは相変わらず、ゲージの最上階で、毛布にくるまっていた。
仔猫の頃は、心も白紙で、会ったばかりのジイジの膝に、ためらいもなく乗ることができた。
しかし、幾度となく生死をさまよったトラウマが、サリーを臆病にしていた。
里親の二人は何も言わず、サリーの心がほぐれるのを待った。
毛布の奥から辺りを伺うと、キャットタワーがあった。
まだトライアル期間中だというのに、二人はキャットタワーをはじめ、ペットクッション、食器、猫じゃらし、キャリーバック、そして猫専用こたつまで買っていた。
サリーがキャットタワーを見つめていると、「キャットタワーに登ってみたいの?」
と女性がゲージのドアを開けてくれた。
サリーは二人がゲージから離れるのを見計らって、恐る々々毛布から顔を出し、ダッとゲージの下に降りて、駆け足で、キャットタワーの最上階に登った。それは二メートルほどあり、外敵から身を守るために登った木のような、安心感があった。
最上階は、丸くなって寝れるクッションになっていて、そこからそっと顔を出して、里親の二人を上から覗いた。
二人は優しげな目で、サリーを見守っているようだった。
「サリーちゃん、やっとお顔を見せてくれたのね。
私のことは『お姉ちゃんと呼んでね」
彼女は末っ子で、子供の頃からペットには、自分のことを『お姉ちゃん』といって、語りかけていた。
横にいた男性は「六十歳を過ぎて、『お姉ちゃん』はないだろう」と思ったが、あえて口には出さず、地雷を踏むのを回避した。
「同年代の山仲間は、孫にジイジと呼ばれているらしいし、オレは『ジイジ』でいいよ」
男性の方が言った。
「ニィニィ!(やっぱりジイジ、ジイジだったのね)」
サリーは眼を輝かせ、飛びつきたい衝動に駆られたが、「ニィニィ」とだけ鳴き、安全圏の最上階から、降りることはできなかった。
部屋はリビングで、キッチンとを仕切ったペットフェンスから、出入りができた。
二人が気を利かせて、部屋を出ると、サリーはこの部屋を散策し始めた。
キャットタワーと、何時も自分が入っているゲージ、収納棚。
そして仔猫の頃、「体が大きくなったら、テッペンに飛び乗ってやる!」と、野心を燃やしたエアコンがあった。
収納棚の上に、クッションがあり、そこに飛び乗ると、ペットフェンス越しに、キッチンのテーブルでお茶をする二人が見えた。
ペットフェンスがあると、守られているような安心感があり、香箱座りで二人の様子を眺めた。
「サリーちゃんも、こっちに来たいの?」
お姉ちゃんが席を立とうとしたので、サリーはダッとゲージの最上階に戻り、毛布に包まった。
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