第8話 ヒゲおじちゃんとの別れ

 この頃ヒゲおじちゃんは、ご飯を食べなくなった。

「ヒゲおじちゃん、元気ないの?」

「生き物は、生きていくからお腹が空く。

生きていかないなら、お腹が空く必要がないのじゃ。

そろそろワシにも、お迎えが来たようじゃ」


 サリーはジイジの最後の言葉を思い出した。

「嫌だよ。ヒゲおじちゃんまで、サリーを置いて行かないで!」

「はははっ、サリーは新しいジイジとの、出会いを待つのだろ?

あれから何人の人間にあった?」

「まだ七人」

「指折り数えて待つのも、幸せのひとつじゃ。

ワシも最後に、サリーと会えて幸せじゃった。

ワシも向こうの世界から、応援しておるぞ」

 そう言って、サリーの頭をひと舐めして、ヒゲおじちゃんはまぶたを閉じた。


 サリーは夜中じゅう、ヒゲおじちゃんの抜け殻を、舐めていた。

 管理人さんには、ヒゲおじちゃんの死期がわかっていたらしく、朝部屋に入ると

「サリーちゃんが、看取ってくれたんだね。

ありがとう」

 そう言って、ヒゲおじちゃんの遺体を引き取っていった。


 サリーはずっと、りんご猫の部屋にいた。

 猫神様に出会う機会はなかった。

 外出できるのは、唯一動物病院だったが、そこに招き猫はなかった。

 病院に行くと、先生、看護師、待合室の飼い主など、新しい顔を見つけると、カウントした。

「まだ十六人」


 しばらくすると、りんご猫部屋に、新入りの仔猫が入ってきた。

 りんご猫の三兄弟で、サリーとは別のゲージが用意された。

 猫じゃらしタイムになると、両方のゲージが開かれるが、仔猫はサリーの尻尾を追いかけたり、「おばちゃん、おっぱい頂戴!」と言って、おっぱいにむしゃぶり付こうとする。

「やだ、セクハラよ!猫は嫌い!」

 サリーは自分のゲージに戻って、最上段に駆け上った。

 とにかく、三兄弟のやんちゃぶりには、辟易した。


 その後も、里親希望者が時折訪れた。

 大抵は健全な猫の部屋の来客で、たまたま、りんご猫部屋を訪れても、仔猫が目当てだった。

 それでも初めての人を、サリーが出会った人間として、カウントしていった。


 サリーの希望は徐々に、打砕かれていった。

 稀にサリーを見に来る来客もあったが、そのまま帰った。

 ヒゲおじちゃんが、七年間もここにいて、ここで息を引き取った理由がわかった。

 成猫で、かつりんご猫を欲しがる人なんて、一人もいるわけがない……

 ヒゲおじちゃんは言っていた。

「皆んな自分が幸せになりたいから、ここに可愛い仔猫を貰いに来る。

しかし、お前のジイジは、サリーを幸せにしたくて、たまらない人だったようじぁな。

きっと新しいジイジも、サリーを幸せにしたいから、ここにやって来るんじゃろう」


 また一年が経ち、サリーは六歳になった

「まだあれから、出会った人間は二十四人

サリーは何歳まで生きられるのだろう?

新しいジイジが来るまで、生きているのだろうか?」

 百人には、まだ遠かった。

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