第92話 自信を持って、

「芹さん……」




 俺は、首を傾げる彼女を見て、なぜか少しだけ安心した。


 それから、彼女を不安にさせるのはまずいと思い、俺は口角を上げて笑顔を作る。


 


「いや、大丈夫ですよ。なんでもありません」


「そうですか。ならいいんですけど……」




 芹さんはそう言って、踵を返す。


 それから、自分の準備をするべく去って行く――かに思えたが。




 ふと、彼女は動きを止めた。


 それから俺の方を振り返って、口を開いた。




「私の勘違いかもしれないですけど、もしかして「ここに自分の居場所があるんだろうか?」みたいなこと考えてませんか?」


「!?」




 あまりにも図星すぎて、俺は一瞬固まってしまった。


 そんなに顔に出ていたのだろうか……いや、出ていたとしても、なんでわかったんだろうか?




 俺と芹さんは近しい存在ではない。


 確かに、ひょんなことから彼女とは接点を持つようになったが、それは一ヶ月ほど前からのごく短期間の話。


 何年も付き合っている同棲中の関係でもあるまいし、心の奥底まで言い当てられるとは思わなかった。


 が。




「やっぱりそうですか」




 エスパーのように俺の胸中を悟った芹さんは、くすくすと笑う。


 その顔は、どこか親近感のある、それでいて自嘲にも見える笑いであった。




「あの……どうして俺が、疎外感を感じているってわかったんですか?」


「簡単ですよ。暁斗さん、昨日の私と同じ顔してましたから」




 ……あ。


 それを指摘されて、俺はとんでもなく気まずい気分になった。




 だって、俺は昨夜芹さんに言ったではないか。


――「今更「舞台に立っていいのかな」って、あなたは何を言ってるんですか。立つ資格があるのかとか、そういう問題は悩むべきものじゃないと思いますけど?」――




 などと、大見得を切って。


 


 それがなんだ。


 そう言った自分さえ、「今更、ドラマーとして立つこと」にひよっているなんて。


 とんだお笑いぐさだ。


 しかも、さっきも変なことで芹さんに助言を貰った気がする。




 これは……なんというか、穴があったら直ぐさま入りたい。


 そのままマントルを突き抜けてブラジルまで逃げたい気分だ。




「暁斗さんて……結構メンタル弱いですよね」


「うぐっ」




 やめて。


 女の子にそんなこと言われたら、私めのガラスのハートが粉々に砕け散ってしまいます。しかも、マジで芹さんの言う通りで否定できないから尚苦しい。




「うっ……面目次第もございません」


「そんなにかしこまらなくても」




 芹さんは苦笑する。


 それから、両手で頭を抱える俺の方へ戻ってきて――ふと、俺の手に柔らかい感触が添えられる。


 それは芹さんの掌だった。温かい感触が伝わってきて、彼女いない歴=年齢の俺は一瞬にして沸騰した。




「っ!? な、え、あ……」


「大丈夫ですよ。暁斗さんには、本当にいつも助けられてばかりで……なんだか、依存しってるみたいに見えますけど、実際、私も暁斗さんがいてよかったなって思ってるんです。だから……私、暁斗さんがドラマーに立候補してくれて、すごく嬉しかったんですよ」




 芹さんは、きょどる俺の前で本音を語った。


 


「分不相応かどうかなんて関係ない。だから、暁斗さんは立候補してくれたんでしょう? なら大丈夫です。その時点でもう、私達はみんな、暁斗さんを仲間だと認めてるんですから」




 ああ、そうか。


 俺は、優しく声をかけられて思い至る。


 意外と、この世の中って、複雑で波瀾万丈に見えて、実はすごく簡単なんだと。




 いろいろな色の糸が絡み合って、複雑な模様を描いているから難しく見えるだけ。


 一本一本の糸を紐解けば、実は何も複雑怪奇なことはないのだ、と。




「ありがとうございます」




 俺は、はっきりと礼を述べた。




「いえいえ」




 芹さんはそう言って、手を離す。




 いつの間にか、今まで感じていた空虚な気持ちは吹き飛んでいた。


 そして――時間は18:00。


 本番のスタートまで、あと20分。


 


 


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