第93話 本番間際

 本番の開始まで、15分をきった。


 俺達は、舞台上手に移動して、時を待つ。




 極度の緊張感が襲うが、深呼吸してそれをやり過ごす。


舞台上手ステージは、カーテンで仕切られていて観客から次の団体が見えないようになっているが、今は開け放たれていた。




 それは、俺達の前の時間が丁度休憩時間だからである。


 上手から顔だけ出して、客席の様子を窺う。




「うわー……控え室にあるテレビでステージの様子は見てたけど、思ってた数倍迫力あるな」




 俺は思わずそう呟いていた。


 かまぼこ形のステージを中心として、いくつもの座席で埋め尽くされている。


 


 天井はなく、ラグビーボール型にくりぬかれた天井からは、藍色に染まる空が見えた。


 夏至を過ぎたばかりだからか。


 六時を回った現状では、星空が西の空にかけて淡いオレンジ色に移ろっている。




 今までの観客の熱狂と、夏の夜の暑さが相まって、会場には熱気が渦巻いていた。天井が空いているとはいえ、冷房が稼働しているはずなのに、大した熱狂ぶりである。




「マジか……この中で演奏するのか」


「みたいですね」




 俺の独り言に、芹さんが反応を返してきた。




「流石に私も、この規模のステージは初めて経験します。正直、身震いしています」




 そう言って、芹さんははにかんだ。




 嘘をつけ、平然としてるじゃないか。


 そんなことを言いかけて、俺は口を噤んだ。


 芹さんの手は、微かに汗ばんでいて、注視していなければわからない程小刻みにふるえていた。




 表情だけ見れば、それを感じさせないあたり、やはりプロなんだなと再確認させられる。




「凄いですね」


「何がですか?」


「緊張してるはずなのに、堂々としていて」


「ありがとうございます。でも、そう見えるだけですよ」




 芹さんは苦笑しつつ、「緊張すると、能面になってしまう癖があって、逆に落ち着いたように見られるだけです」と補足した。




「暁斗さんこそ、こういったのには慣れていないはずなのに、凄いです」


「それは、どうも。内心気が気じゃないですが」




 俺は根っからの陰キャだからね。


 こういう華々しい場所は似合わないんだ。強いて言えば、観客席側で色とりどりのペンライトを振って、「ナズナちゃ~ん!」と応援する方だが……それもいろいろと恥ずかしくて無理だな、うん。




 推しを作ることがダメなのではなく、実際に人混みに混じって応援するのが、なんというか恥ずかしくてできないタイプだ。


 握手会とか、たぶん「俺なんかが握手したら迷惑じゃないかな?」などと卑屈になってしまうタイプだ。




 だから、根本的にこういう場所は似合わないのである。




「大丈夫です。暁斗さんなら、成功させられますよ」


「何を根拠に……」


「こう見えて私、暁斗さんのこと高く買ってるので」


「! ど、どうも」




 てっきり、「女の勘です」とかはぐらかされるかと思ったが、予想外の答えが来て少し驚いた。


 まあでも、信頼してくれているのは嬉しい。




 俺も、それに答えたくて、この場に立っている節はあるのだし。




「頑張りましょうね、暁斗さん」


「はい、芹さん」




 俺達は、緊張を吹き飛ばすように不敵に笑い合う。


 そして――18:20。




 遂に、本番のステージの時間がやってくる。


 


 


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