第90話 若きに賭ける
「よぉーす、調子どうよ」
軽い口調でそう聞いてきたのは、若い男性の奏者だった。
名前は
担当楽器はベース。ついでに彼女募集中らしきことも言っていた。
「ちょっと。あんたはノリが軽すぎるんじゃないっすかね?」
呆れたようにそう言ったのは、赤く染めた髪をしていて、なかなかロックでパンクな格好の女性――
二人とも年齢に関しては非公開だったが、予想では二十代半ばくらいか。
とにかく、年齢が近いであろう事がわかる。
「そんなことないって。な? 暁斗ちん?」
「は、はぁ……」
唐突に話題を振られた俺は、曖昧に返事をするしかない。
ていうか、なんか呼び方変わってるし。
「なんすかその呼び方。暁斗さんを舐めてんすか」
「いやいやいやいや、これはアレだよ。信頼と友情の証的な? ほら、僕達もう仲間じゃない? だから、堅苦しい呼び方はマズいかなって。ね、君もそう思うでしょ。まりあっち?」
「さっき「僕は、協調性とかあんまり考えたことがないですね」とか言ってたっすよね? あと、その渾名で呼ぶな!」
「それはこれ、これはこれ」
「はぁ!? アバウトすぎんだろ!」
「はぁ~わかってないなぁまりあっち。君はアレ? 食パンにはバターしか許せない派なの? 時には辛子明太子とかハムとか、ジャムやマーガリンを塗ったりしないの?」
「例えがさっぱりわからん! あとその渾名で呼ぶなって、さっきから言ってるんすけどねぇ!?」
ギャアギャアワーワーと。
痴話喧嘩と見紛うくらいだった。
「だからさ。暁斗ちんは素人なんだし、プロの常識を押しつけるべきじゃないよねって話だよ。臨機応変に態度を変えて接しなきゃ、ね? まりあっち」
「それはそうだが、あんたが言うと説得力がねぇ! あとその渾名以下略――」
一応合わせの練習をしにきたはずなのに、いつの間にか喧嘩になっている。
ひょっとして、あの二人って犬猿の仲……いや、あの感じでいくと、喧嘩するほど仲がいいのか?
「すまなかったな」
そのとき、若手2人に主導権を握られて陰薄になっていた、一番年長の男性が謝ってきた。
顎髭を蓄えたその人の名前は、
イイ名前だと思うけど、初見のインパクトが凄い。
優者の“ゆう”が“勇”だったら、一発でキラキラネーム認定していたとこだ。
ただ、その名前に恥じないというべきか。
伊達に今まで大人の社会を長く生きてきたわけじゃないというか。
とにかく、この面子の中では一番の常識人な気がする。
担当楽器はシンセ。
大柄で街の不良軍団のボスをやっていてもおかしくない強面系だが、そんな人がシンセをやっているとなんかギャップ萌えである。
RPGで女の子が多連装ミサイルランチャーとかバズーカ砲を大量に背負って出撃するのって、最高にカッコいいというかギャップに萌えるよね? の男性版だ。
もっとも、吹奏楽部で小柄な女の子が「チューバやります」と言っても、ギャップ萌えの前に、楽器に潰されないか心配になるのだが。
彼は、とっくみあう2人を呆れたように見据えながら、小さくため息をついて、
「さっき、派遣された場所で初めて出会うプロ奏者も多いって話をしていただろう?」
「そういえば、そんな話でしたね」
「あの2人に関しては、腐れ縁というか何というか、よくペアを組まされるんだ」
「そうなんですか。じゃあやっぱ、仲が良いんですね」
俺は反射的にそう述べたら、彼は彫りの深い顔をくしゃりと満足げに歪めて、
「そうだったら良かったんだがな。大人の社会はそう綺麗なものでもない。おそらく、問題児2人を一カ所にまとめておきたいんだろうさ、上の連中は」
「は、はぁ……」
急な内部事情暴露に、俺はどう反応を返していいかわからない。
「それで、俺が監督責任を負っている感じだ。いざという時のストッパーだな。だから、本来であれば暁斗君が提案した突拍子もない内容に咲夜が賛成した段階で、ストッパーとしては待ったをかけるべきだった」
ただ、と優者さんはそこで言葉を切った。
「俺は、あえて泳がしてみた。もちろん、社会を正常に動かす歯車としては、こんな選択はするべきじゃないのかもしれない。AISURU・プロダクションのとこのメガネのプロデューサーが反論したようにな。だが、同時にこれからの社会を背負っていくのは俺みたいなロートルじゃない。咲夜や、あんたんとこの社長さんや、ステージに立って輝くアイドルや、あんたみたいな若者なんだ。だったら少しくらい、ちっぽけな試練に可能性をベットしてもいいだろう」
「……」
俺はしばらく無言でそれを聞いていた。
俺の視線に気付いた優者さんが、気恥ずかしそうに頭の後ろを掻く。
「ま、とにかく。期待してるぞってことだ。精一杯頑張ろうぜ」
「はい!」
俺は、なにやら背中を押して貰ったみたいだ。
これから立つ、大舞台で輝くために。
「よっしゃ、お前等いつまで喧嘩してるんだ。もう合わせ始めるぞ!」
指示を出す優者さんの背中を見つつ、俺は拳を握りしめた。
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