第88話 ハードモードな青春
俺が提案したのは、状況を打破する策を提示したかったからじゃない。
それは、紛れもなく俺の願望だった。
自分の意志で、芹さんの隣に立ちたいという、我が儘な願い。
だからこそ、俺は訂正したのだった。
――そして、それもまた一つの熱意として伝わったらしい。
しばらくの間静まりかえっていた会議室内だったが、やがてひとつ息を吐く音が聞こえた。
その人物は、花島社長だった。
「なるほど。まあ確かに、自分からリスクを負う“提案”をされるより、そっちの方が腑に落ちるわねぇ。子どもの意見としては、そっちの方がしっくりくるわぁ」
子どもの意見。
そう斬り捨てられて、俺は奥歯を噛みしめる。
これはただの我が儘な願いだ。
いくら心がこもっていようが、通じないものは通じない。
ましてそれが、競争社会で常に成功の二文字を強いられる大人の世界では。
だから、やはりダメなのかと思ったのだが――
「プロの世界に首を突っ込む。そう宣言したからには、覚悟はあるのよね?」
「っ!」
俺は思わず顔を上げて、花島社長を凝視した。
彼女は真っ直ぐ――真剣な目で俺を見据えている。
それではまるで、俺の我が儘を受け入れているみたいじゃないか。
「しゃ、社長!」
その異変に気付いたのか、丸山さんが慌てたように声を発する。
「確かに、決して悪い手ではないとは思いますが。素人の手を借りるというのは、あまりにも早計に思います。ここは――」
一気にまくしたてた丸山さんを、手を挙げることで制する社長さん。
「いいのよ。これでもアイドル業界の一角の社長よ。曲がりなりにも、人を見る目はあるつもり」
社長は丸山さんに軽くウィンクしてから、改めて俺の方を見た。
「どう? 首を突っ込むからには、成功させる覚悟はある?」
「……俺は」
言いかけて口を噤む。
少しだけ、本音を言うか迷い――それでも、ここは言う場面だと踏んであえて本音を堪えた。
「よくわかりません」
丸山さんの眉がぴくりと動く。
思わず萎縮しそうになるが、俺は言葉を続けた。
「正直、皆さんが言うように俺は素人で、さっき言ったように成功を約束することはできません。ただ――芹さんと同じ場所に立って、目の前にいる誰かに熱意の全てをぶつける覚悟ならあります」
1人で寂しくモンスター狩りをしていた自分とは、もうお別れだ。
俺は表舞台に立って、芹さんの背を見ている内に、その熱意に当てられたのかもしれない。
「……ま、ここで普通に覚悟はあります、と言わないだけ期待が持てるか」
花島社長は独り言のように呟いて、
「じゃあ、やるだけやってみなさい。ただ、失敗しても泣き言は許さないわよ」
「っ! ありがとうございます!!」
俺は、大きく頭を下げる。
丸山さんに何か文句を言われるかと思ったのだが、特に何も言われなかった。
代わりに、何か呆れたような。
それでいて信じてくれているような目で、俺を見ている。
それには社長も疑問を持ったらしく、丸山さんの方を向いて、
「あら? いいのあきのちゃん? てっきりまだ食い下がるかと思っていたのに」
「ええ、社長。会社としての利益、と訴えるのには矛盾があることに気付きまして。既に私達は、彼に恩がある」
「まあ、そうね」
花島社長は、小さく首肯した。
「なるほどー、青春だねー」
「こんなハードな青春も、なかなかないっすけどね」
しみじみと言う若い男性奏者に、すかさずツッコミをいれるパンクな格好の女性奏者。
こうして俺は、一日限りドラマー暁斗として参加することになった。
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