第87話 恥も外聞も捨てて……

 どう考えたって、分不相応だ。


 本来、花島社長のように「素人がしゃしゃり出てくるべき問題ではない」と斬り捨てられて当然のものだ。




 なら、どうして俺はそんなことを言ったのか。


 子どもの犯したツケは、子どもが払うべきだから。それが、大人の社会に対するケジメだからか?




 いや違う。


 そんな他人に依存した理由じゃないと思う。


 


 と、そのとき。


 今まで黙って聞いていた丸山さんが、口を開いた。




「その提案に対し、私個人としては賛同しかねます。ですが、リスクが付きまとうことは避けられない。全国放送される舞台で万が一失敗が起こったら、放送事故になりかねない。無論、失敗すれば世間から白い目で見られることは火を見るよりも明らかです。LOPPS・グループとのトラブルが白日の下に曝されれば、会社としての損失はさらに大きくなる。何より、なずなさんと暁斗さん個人としても、心に傷を負う結果になりかねない。違いますか?」


「そうねぇ。そうかもしれないわねぇ」




 淡々とした丸山さんの主張に、花島社長はため息をつきつつ首肯した。




「でも、他に良い案が現状出ていないのが問題よねぇ」


「案ならば私にもあります」


「? 例えば?」


「棄権するんです」




 丸山さんの放ったその言葉で、一瞬会議室の空気が張り詰めた。


 しかし、その空気の中、物怖じ一つせず真面目で規律を重んじるプロデューサーは言葉を続ける。




「少々厳しい言い方になりますが、これが現状最善の策です。LOPPS・グループとの問題が明るみになることは避けられませんが、強行突破して大失敗するよりも、会社が大きな損失を被るリスクは低い。




 有無を言わせぬ言葉。


 ただ淡々と、事務的に。彼女は会社にとって最も利益になることを語る。




「幸い、私達の出番は休憩時間の直後です。であれば、休憩時間を出場時間分伸ばしてもらうことで、タイムスケジュールを大きく変更しなくてもプログラムを維持できる。これしかもう、手はないと思いますが」




 ご決断を、と言いたげな視線を社長に向ける丸山さん。


 社長はその視線を受け取って、小さく息を吐いた。




「そうねぇ。それも手よねぇ」


「でしたら――」


「私は、嫌です」




 そのとき、思い空気を裂くように第三者の声が割り込んだ。


 他でもない、当事者の芹さんだった。




「私、ずっと心に泥が詰まったような感覚でいたんです。こんな晴れ舞台に、偶然の成り行きで立ってしまったことが、悔しくて。実際、私にはこんな晴れ舞台に立つ資格なんてないのかもしれません」




 芹さんは、曇った表情で言う。


 ひょっとして、まだ憑き物が落ちていないのか?


 そう考えた俺だったが、直後まっすぐに丸山さんを見据える力強い眼光を見て、そうでないことを悟った。




「でも、そんなことはどうだっていい。資格があるなしじゃない。分不相応だろうがなんだろうが、私は今ここにいる。ここにいるなら、私は何があっても笑顔を誰かに届けなきゃいけない。それが、アイドルっていうものだから」




 芹さんは、とっくに立ち直っていた。


 その上で、何が起きても前に進む強さを手に入れていた。




「もし、本番までにドラマーが用意できなかったとしても……そのときは、ドラムなしで出場します。リズムパートがいなくちゃセッションができないというのなら、アカペラでも出場します」




 彼女はそう言い切った。


 ただ、自分がすべきことを見据えている。他でもない、プロのアイドルとしてステージに立つために。




 ただの無謀な事者我が儘に聞こえたかもしれない。


 でも、誰も何も言い返せなかった。


 それが無茶苦茶な意見だとわかっていても、その目つきから、声色から。彼女が本気で言っていることを理解していたからだと思う。




 そして――俺の胸に、すとんと腑に落ちるものがあった。


 なんで、俺はこんな無謀な提案をしたのかを。




「……すいません。訂正します」




 俺は、ぽつりと呟いた。


 しんと静まりかえった室内で、その呟きは全員の耳に届き、全ての視線が俺の方を向く。




 俺は所詮、何も知らない部外者だ。


 ドラムだってアマチュアレベルだし、人を傷つける痛みより自分が傷付く痛みに恐れを成して閉じこもってしまった根性無しだし、ただの陰キャだ。


 ただ、Sランク冒険者というだけの、本当に弱い高校生だ。




「……ドラムをやりましょうか? と“提案”をしたことは、忘れてください」




 でも――一度完全に諦めてしまった俺は、常に前へ進み続ける彼女に惹かれたんだ。


 そして、ただ我武者羅に己の夢を追い続けていた彼女も、大きな壁にぶち当たって、それでも乗り越えようとしている。




 実際、今の彼女は昨日の憔悴しきった彼女と比べれば、別人のようだった。


 今も成長を続けているのだ。ずっと自分の殻に閉じこもって、組み体操で失敗したあのときから時間が止まっていた俺とは違って。




 俺は、あのとき花ヶ咲さんになんて言った?


 「いつか、俺は芹さんの隣に立っても恥ずかしくない人になりたい」と、そう言ったはずだ。


 だから――




「失敗するかもしれません。ご迷惑をお掛けしてしまうかもしれません。でも俺は、芹さんと一緒にステージへ上がりたい!」




 これも子どもの我が儘だ。


 それでも俺は、芹さんに憧れて、隣に立っても恥ずかしくない人になりたいと誓った。


 だったら、俺がここで覚悟を見せなくてどうする。


 


 ゆえに俺は、恥も外聞もかなぐり捨てて、頭を下げ、心の底から叫んでいた。




「どうか、俺に……ドラマーをやらせてください!」

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