第85話 重要会議に割り込んで

 俺は、花ヶ咲三兄弟を連れて、AISURU・プロダクションの控え室へ向かった。


 そこに花島社長がいると踏んでのことだったが――




「ありゃ」




 入り口の扉を開けて中に入った瞬間、そこに花島社長や丸山さんの姿はなかった。


 唯一、留守番でもするかのように三枝さんが残っていただけだ。




「あの、三枝さん。花島社長ってどこに行かれたかわかります?」


「ん? ああ、社長ならさっき緊急の要件でLOPPS・グループの会長に会いに行ったぞ。俺も詳しくは知らんが、何か重大なトラブルがあったとかで……」




 そう三枝さんが答えると、勇喜くんと紗綾ちゃんは顔を青くする。


 


「そうですか。その会議っていうのは、どこでやってるんです?」


「このフロアの入り口付近にある、第三会議室だ。言っておくが、話なら後にした方がいいぞ。相当、切羽詰まってるみたいだからな」


「ご忠告感謝します」




 俺は三枝さんに頭を下げる。


 とはいえ、おそらく今から話に行く内容も関係しているだろうから、迷惑を承知で乗り込むつもりだ。




 もし、犯人捜しに興じているとすればそれだけに当てている時間はない。


 本番は刻一刻と迫っている。




 俺はその場を離れ、会議室へと向かった。






――。




 会議室に着いた俺は、中から話し声が若干漏れているのに気付いて、聞き耳を立てる。




「――ですから何度も申し上げたとおり、我々は確かにドラム奏者がいらなくなったという旨が追加記載された最終チェック表を受理いたしました。これが証拠です」


「た、確かにコレは私達の提出したもののようですが……どういうことですか? 私が見たときは、こんなもの記載されていなかったはず。一体誰がこんなことを」




 中から聞こえてきた声は、花島社長のものと――




「父さんの声ですね」




 俺と同じように聞き耳を立てていた花ヶ咲あんが、苦々しく表情を歪めて言った。




「LOPPS・グループの会長。ってことは、やっぱり」


「はい。犯人捜しをやっている……というより、何が起きたかわからなくて会議が困窮している。といったところでしょうか」




 その言葉に、勇喜くん達はビクリと身体を震わせる。


 自分たちがしたことの大きさが、なんとなくわかってきたのだろう。


 少し同情するが、それでもしでかしたことへは最低限謝罪して貰わなければならない。




 俺ならつい、「ごめんなさい」「全然いいともー!」と二つ返事で言ってしまいそうだが、今回ばかりはそういうわけにもいかない。




「――それじゃあ、入りますけど。心の準備は大丈夫?」




 そう聞くと、勇喜くんと紗綾ちゃんは、意を決したように頷いた。


 俺は木で出来た分厚い扉を軽くノックし、中へ入る。




 ――会議室内は、思ったよりも多くの人がいた。


 広さとしてはテニスコート半面分くらいの小さなものだが、向かって左側の長机には花島社長と丸山さん、そして芹さん。それからLOPPS・グループに対応するためのグループである、新見さんを代表とした数名。




 向かって右側には、LOPPS・グループの会長である花ヶ咲蓮さんと、その秘書のような女性。さらに、今回AISURU・プロダクション宛に派遣された演奏者達が3人座っている。




 それぞれの陣営が互いに向かい合う形で話を進めていたらしいが、俺達がいきなり入ってきたことで両陣営とも怪訝そうに眉をひそめた。




「あ、暁斗さん!? どうしたんですかいきなり?」




 芹さんがガバッとイスを引いて立ち上がり、俺に質問を投げかけてくる。




「む。なぜモモがここに……それに勇喜と紗綾まで」




 蓮会長も、訝しげに眉を寄せながらそんなことを呟いた。




「あの……会議中申し訳ないんですが。花島社長に謝罪したいという方がいらっしゃるので」


「あら。私にぃ?」




 花島社長はきょとんとした表情になる。


 俺は勇喜くん達に目配せして、「頑張ってこい」と言った。




 勇喜くんと紗綾ちゃんは少し身震いしたあと、一歩前へ踏み出す。


 それから、消え入りそうな小枝が、一語一句確実に紡ぎはじめた。




「あ、あの……社長さんたちの提出したチェック表にいたずらしたの、俺達なんです。チェック表をまとめてある部屋に入って、勝手にドラマーは要らないって書きました」




 純粋であるが故に、言い訳も何もない謝罪。


 その自分の非を100%認める姿勢にも、その事実にも、大人達は思わずどよめきを上げる。




「だからその……ご迷惑をお掛けして、本当にごめんなさい!」




 勇喜くんが勢いよく頭を下げるのにあわせ、紗綾ちゃんも「ごめんなさい!」と言って頭を下げる。


 


 ちゃんと謝罪できる良い子達で良かった。と俺は思った。


 でも、これではだめだ。


 これでは、彼等がガキの悪戯100%でやったことだと思われてしまう。その背景には、許せずともいきさつがあるのだ。




「あの、実は――」




 だから俺は、彼等に代わって説明をする。どうして、こんなことをしてしまったのか。


 彼等が、姉を愛する余り暴走してしまったという事実を。


 弁明ではなく、説明を。


 だって、勇喜くんたちに「俺も一緒に謝る」と約束したのだから。




――。




「なるほどねぇ」




 全てを聞き終えた花島社長は、小さく息を吐いた。




「申し訳ありませんでした。今回の件はひとえに、我等の管理体勢の脆弱さが招いたこと。ここに陳謝の意をささげたい」




 不意に立ち上がった蓮会長は、そう言って頭を深々と下げる。


 子どもの悪戯を許してしまったのは、管理が甘かった自分たちの落ち度だと、認めているらしかった。




 花島社長は、もう一度小さく息を吐いてから。




「えーと。勇喜くんと紗綾ちゃん、だっけ?」


「は、はい!」


「そうです!」




 唐突に名前を呼ばれた2人は、ガチガチに固まる。




「大体のことはわかったわぁ。でも、これからは誰のためであっても、他人に迷惑のかかることはしちゃダメよぉ」


「はい!」


「すいませんでした」




 花島社長は言外に「許す」と述べたあと、蓮会長の方を振り向いた。




「といっても、今回の件。事が大きくなりすぎているから、それなりに責任はとってもらうわよぉ。ま、私達も貴方達を責めたいわけではないから、あくまで世間に対する理由作りというか、そんな感じねぇ」


「こちらとしても、甘んじて受け入れる所存です」




 蓮会長は、目を閉じてそう言う。




「まあでも、それは事が全て済んでから。犯人は見つかったけれど、問題は何一つ解決していないわぁ」




 そこまで言うと花島社長は、目を細めて危機感を示すように言った。




「演奏者が1人足りない現状を、どうするか……決めなくてはね」

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