第84話 2人の真意

勇喜ゆうき、それに紗綾さや。少し聞きたいことがあるんだけど」


「なあに、姉ちゃん」




 ゲーム機を手にしていた勇喜と呼ばれた茶髪でツンツンとした髪の毛の少年は、画面から顔を上げる。


 と、姉の後ろに立っている俺を見て一瞬固まった。


 妹と思われる、淡い茶色の髪をサイドツインテールに縛った紗綾ちゃんも、俺の方を凝視している。




「ああ。こちらの方は、AISURU・プロダクションのお手伝いでここへ来ている、暁斗さんで――」


「知ってるよ。ワイバーン一撃マンさんだろ?」




 勇喜くんは、花ヶ咲さんの言葉を遮ってそう言った。




「ええ……聞きたい事って言うのは、彼から頼まれたことなんだけど」




 そう前置きして、花ヶ咲さんは意を決したように問いかけた。




「ナズナさんの所属しているAISURU・プロダクションが提出した最終チェック表と、父さん達が受理したものに食い違いがあったらしいの」


「し、知るかよそんなこと。偶然だろ?」




 勇喜くんは、そう斬り捨てて再びゲームに視線を落とす。


 紗綾ちゃんは何か言いたげに口を開いたが、勇喜くんの方をちらりと見て引っ込んでしまった。




 なんというか……


 「怪しさ満点だ」と言いたげな表情を向けてきた花ヶ咲さんに頷き返す。




 何か知っているような対応だったし、大前提として彼等がやったことだという疑惑がなければ、花ヶ咲さんは単刀直入に質問なんてしないだろう。




 それに、「知るかよ。偶然だろ?」と答たことが引っかかる。


 何も関わりが無ければ、「は? それは一体何の話?」と言うなり、そういう反応を示すはずである。




 これは、当たりを引いたかな。


 俺ははぁと一つため息をついて、少しだけ意地悪な事を言うことにした。




「そう。まあ、君達が知らないんなら仕方ないけど。もし、何か知っていて黙っているようなら、花ヶ咲さんに多大な迷惑がかかることになるんだけど……」


「「!」」




 そのとき、ゲームに興じていた勇喜くんの手が、金縛りにでもあったかのように止まる。


 紗綾ちゃんなどは、目を見開いてあたふたとしていた。




 こういうとき、「俺達困るんだけど」と言ったところでたぶん効果は薄い。


 姉の追求を逃れるくらい強情だし、俺もたぶん花ヶ咲さんと同年代の子どもとしか思われていない。


 あと、怒っても迫力がない感じの顔をしている。




 だから、虎の威を借りることにしたのだ。


 詳細はわからないが、昨日2人は芹さんに対して不満を爆発させていた。そしてそれが、花ヶ咲さんのためであるということもなんとなく察しがついている。


 ならば、相手の邪魔をしてまで助力したい相手の足を引っ張っているのだと、不安にさせることが手っ取り早く自白を促す方法だ。




「……どういう、ことだよ」




 案の定。勇喜くんは食いついてきた。




「ん? だってそうでしょ。このSISは、10000人の観客を動員して、日本全国に生中継されるほどの大規模なイベントなんだよ。そんな裏で、有名アイドルの姉弟が、他のアイドルを貶めようとしたなんて事実が公になれば、花ヶ咲さんが責められる」


「それは……もし俺がやってたとしても、それは俺であって姉ちゃんじゃないだろ。なんで姉ちゃんが怒られるんだ」




 もっともな意見ではある。


 今回の事件に花ヶ咲さんは関わっていない。


 でも、世の中は事実よりも、人の数だけ答えがある真実の方が優先される。




 人の色眼鏡を通して得た情報は、花ヶ咲さんが、個人的恨みを芹さんにぶつけたんじゃないか? 弟や妹ではなく、本人がそうするよう指示していたんじゃないのか? などという憶測が生まれ、世間で飛び交うことだろう。




 そして、騒ぎが大きくなればSAKURA・プロダクションの側も派手な対応せざるを得なくなる。


 例えば、花ヶ咲さんとの契約を切るとか。




「花ヶ咲さんがやったわけじゃない。でも、みんなバカ正直にそれを受け入れるわけじゃない。だから――」


「だから、この問題はもう、悪戯で済む段階を越えているの」




 俺の言葉を、花ヶ咲さんが絞り出すように受け継いだ。




 しばらく、無言の時が流れる。


 その静寂を破ったのは、鼻を啜るような音だった。




「ひっく……だって、仕方ないじゃん」




 そう言ったのは、紗綾ちゃんだった。




「お姉ちゃんは、他の誰よりも頑張ってトップアイドルにまで上り詰めたのに。それをみんな、パパのお陰だって……そんな楽なこと、誰にでもできるって。生まれたときから成功が約束されてるって。そうやってみんな、一言で片付けちゃうんだもん。それなのに、本当にただ楽な方法で上ってきたナズナさんには、みんな注目してて。許せないじゃん! なんで、どうして! お姉ちゃんだけが、責められなきゃならないの! ひっく、うぅ……!」




 その声は、心の奥底から絞り出すようなものだった。


 報われるために努力してきた姉を誰よりも側で見続け、誰よりも尊敬する姉が嘲笑を浴びせられる姿を見てきたからこその吐露。




 芹さんの妹の結絆ちゃんが、姉の姿を見続けるように。


 きっと、紗綾ちゃんと勇喜くんにとっても、花ヶ咲さんはヒーローだったのだろう。




「くっ……」




 勇喜くんは、目尻に涙をため、それを零さないように耐えている。




「……あなたたちが、私のためにナズナさんに報復する作戦を提案してきたのは知ってる。だから昨日、ラウンジでダメだって言ったよね。ナズナさんに思うところがあるのは本当だけど、だからって舞台を台無しにするような妨害をしていい理由にはならないわ」


「うっうぅ……ご、ごめんなさい」




 勇喜くんと、紗綾ちゃんは頭を下げて謝った。




「うん、いいよ……って言いたいとこなんだけどさ」




 その台詞に、2人はビクリと肩を振るわせる。




「いや、許さないってことじゃなくて。謝る相手は俺じゃなく、今から会いに行く花島社長とナズナさんね。まあ、そんな気負うことないよ。俺も一緒に謝ってあげるから」


「? どうして一緒に謝ってくれるんだ……俺達は、あんたに怒られることをしたのに」


「え?」




 俺は少し考えて、それから答えた。




「まあ、大切な誰かのためになりふり構わず暴走するとこが、俺の尊敬する人に似てたからかな」




 その答えに、花ヶ咲さんたちはきょとんと首を傾げるのだった。

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