第83話 火種

 俺は、忙しなく行き交うスタッフ達の間をすり抜け、ひた走る。


 SISはリアルタイムで全国生中継を行う大規模イベントだ。


 当然、会場のハナビー・アリーナは広い。




 目的の人物を探すだけでも、一苦労だ。


 とりあえず行き先に目星を付けた俺は、暇そうな男性スタッフを見つけて声をかける。




「すいません、ちょっといいですか?」


「どうしました?」


「あの――SAKURA・プロダクションにあてがわれた控え室って、どの辺りですか?」


「少し待ってくださいね」




 男性スタッフ本人は、SAKURA・プロダクションとは関係の無い部署に配属されているのだろう。


 耳に取り付けた小型の無線機を使って、誰かに確認を取り始めた。




 俺は、少しだけ乱れた息を整えつつ思案に耽る。




 SAKURA・プロダクション。


 それは、昨日あの人から――花ヶ咲モモさんの自己紹介で聞いた事務所名だ。


 彼女が所属している事務所だが、本命は彼女ではない。俺が、用があるのは――




「――はい。はいわかりました」




 そのとき、確認を終えたのかスタッフが俺の方を向いた。




「地下三階の、搬入用エレベーターの向かい側だそうです」


「ありがとうございます! お手数お掛けしました!!」




 俺は矢継ぎ早に礼を告げると、駆けだした。


 階段まで走ると一気に駆け降り、地下三階の搬入用エレベーターを探す。




 だが、相変わらずこのフロアも迷路のようだ。


 搬入用のエレベーターとやらが、なかなか見つからない。




「くっ、どこだ。こっちは時間がないってのに!」




 焦る心を無理矢理制し、俺はエレベーターを探す。


 細い通路を駆け抜け、突き当たりの角を右へ――




「ひゃっ!」




 そのとき、急に曲がり角から人が出てきた。


 俺は持ち前の身体能力を活かし、無理矢理身体を捻って左側に避ける。


 視線だけずらすと、1人の少女が顔を逸らし、驚きで固まっているのが見えた。


 


「っとと。すいません。急いでて――怪我はないですか?」


「は、はい」




 その少女は、俺の方を向く――と、ほぼ同時に俺達は「あ」と声を上げてしまった。




「花ヶ咲さん。どうしてここに」




 今ぶつかりそうになった相手は、探している相手とはニアミスの花ヶ咲モモさんだった。




「それはこちらの台詞ですよ。ナズナさんの控え室は、もっと上の階では?」


「そうなんですけど、実は大変なことが起きてて」


「大変なことですか?」


「はい。実は――」




 俺は、現状起きていることを彼女に伝えた。




 こちらがLOPPS・グループに提出した最終チェック表と、受理したものに齟齬が見つかったこと。


 それが、人為的なものである可能性を孕んでいること。


 今、AISURU・プロダクションの社長が、緊急で花ヶ咲蓮会長にコンタクトをもとめている事。




 しかし――犯人に心当たりがあることは、伏せて伝えた。


 理由は単純。


 それは、花ヶ咲さんに近しい人物であるから、疑っていると直に言うと、気分を害する恐れがあったからだ。




 一通り説明を聞いていた花ヶ咲さんは、開口一番――




「――ごめんなさい!!」




 そう頭を下げてきた。




「え、ちょ……はい? なんでいきなり」




 まさか花ヶ咲さんだったのか!? 一番有り得ないと思ったのに。


 そう驚いた俺だったが、花ヶ咲さんが意を決したように話し始める。それを聞く限り、俺の当初の予想は外れていないようだった。




「それに関わっている可能性のある人物に。心当たりがあります。確証はないですけど、黒寄りのグレーです」


「そう、ですか……」


「すぐに確認を取ります。今彼らは私の控え室にいるので」




 そう言うと、花ヶ咲さんは無言で見つめてきた。


 たぶん、「あなたも来ますか?」というジェスチャーだ。


 俺は無言で頷くと、踵を返して来た道を戻りだした花ヶ咲さんについて行った。




 やがて――搬入用エレベーターの前にある控え室に着く。


 花ヶ咲さんは、祈るように目を閉じてから浅く呼吸をしたあと、ノックをして入っていった。




 俺もまた、その後に続く。


 中にいたのは、花ヶ咲さんを除いて2人だけ。




 まだ10歳かそこらの少年少女。


 その2人には、見覚えがある。というか、心当たりの2人だった。


 それは――昨夜、ラウンジで花ヶ咲さんと揉めていた相手。




 花ヶ咲さんの弟と妹だと思われる人物だった。


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