第82話 トラブル発生

 PM:2:30




 14:00からの遅めの昼食を終え、することがなかった俺は、社長に頼んで資料整理の仕事を貰っていた。


 控え室に残っているのは、俺と花島社長。それから丸山さんの3人だけである。




 ロケ弁って、初めて食べたなぁ~。などと感慨に耽りながら、資料をホチキスで止めていると、不意に携帯電話の着信音が鳴った。




 自分かな? と思ってスマホを取り出すが、違った。


 どうやら、花島社長宛だったらしく、彼女は素早い手つきで画面を操作すると、誰かと通話を開始した。




「もしもし、新見ちゃん? どうかされましたぁ?」




 お相手は社員さんらしい。


 確か、間違っていなければLOPPS・グループに対応する班のリーダーの除せ初社員だった気がするが。




 それにしても、スマホの着信音がデフォルトのままだと、勘違いしてしまうな。


 今度好きなアニメのOPでも変えておこうか……などと考えていると。




「なんですって!?」




 不意に花島社長が大声を上げた。


 丸山さんと俺は思わず社長の方を向く。


 社長は勢いよく立ち上がり、目を大きく見開いている。




 あまりの勢いに、車輪のついたイスが、後ろへ大きく滑っていき、部屋の壁に激突していた。


 花島社長らしくない慌てように、俺と丸山さんは顔を見合わせて首を捻る。




「ええ。ええ、わかったわ。こちらでもなんとかできないか、対応を考えてみる。あなたはLOPPS・グループの花ヶ咲会長とコンタクトをとれないか打診をお願いできるかしら? もしOKなら、私も立ち会うと伝えてちょうだい。それじゃ」




 ぴっとという電子音と共に、社長は通話を切る。




「はぁ……まいったわね」


「どうしたんですか?」




 頭を抱える花島社長に問いかける。


 顔色を窺って、なにか予期せぬトラブルが起きたのは火を見るよりも明らか。


 あとは、それがどんなトラブルなのかだが……




「あきのちゃんも聞いていて。結構深刻なトラブルよ。LOPPS・グループから派遣されてくるはずの人員が、1人足りないみたいなの」


「「え!?」」




 俺と丸山さんの声が被る。




 LOPPS・グループは、確か花ヶ咲モモさんの父親が会長をやっている、プロの演奏者を様々なイベントや団体に貸し出すサービス会社だったはず。


 


 今回のSISは、そのLOPPS・グループが主賓のスポンサーということもあり、多くの団体が契約を結んでいる。


 そしてそれは、AISURU・プロダクションも例外ではない。




 今回の出場に伴い、エレキギター、ベース、シンセ、ドラムのプロ奏者を派遣して貰う手はずだった。




 そのうちの一名が、どこで手違いがあったのか、派遣されてきていないということらしい。




「それって、相当マズくないですか?」


「マズいわよぉ。おかしいわね。最終チェック表は何度も目を通したから、間違いなんてあるはずないんだけど」




 花島社長は、眉根をよせて唸る。


 現在の時刻は14:00を回ったところだ。


 SISは17:00から開演してしまうし、芹さんの出番も18:20とかなり前半だ。




「今から花ヶ咲会長に言って派遣して貰って、間に合うでしょうか?」


「厳しいわねぇ。そもそも、今日の朝に本社を発った派遣奏者が、先程到着したのよ。今からじゃとても……」




 丸山さんの不安そうな問いに、そう答える花島社長。


 


 仮に間に合ったとしても、リハーサルはどうするのか?


 絶対にぶつけ本番になってしまう。




「どうしてこんなことに……」




 俺は、自分にしか聞こえない声で呟いた。


 こんなトラブルってないだろう? 芹さんはあれだけ悩んで、それでも前に進もうとしているのに。


 


「社長は、最終チェック表をちゃんと見直して提出したんですよねぇ」


「ええ、間違いないわぁ。だから相手側のミスのはずなんだけどぉ、それも違うみたいなのぉ。新見ちゃんの報告では、向こうもチェック表通りに人員を派遣してきたと言ってるのよねぇ。まるで、ような不自然さよねぇ」


「本当ですか。そうなると、作為的なものまで感じますね」


「えぇ、誰かが私達を貶めたがってる……なんて考えたくはないけど」




 ……ん?


 俺は、そんな2人のやり取りを聞いていて、引っかかった。




 2人は、ただの被害妄想として有り得ない例を挙げただけと思っているんだろう。


 けれど、俺は知っている。


 少なくとも、芹さんを疎ましく思っている人間はいるということを。




 俺の頭には、1人のトップアイドルの顔が浮かび上がり。




「いや、有り得ないな」




 すぐに首を横に振った。


 彼女じゃない。それは明らかにわかる。


 確証なんてないけど、彼女はそんなことをするタイプの人じゃない。たぶん、人為的に貶めるような真似は最も嫌うタイプの人間だ。




 だったら。もし、これが人為的なものだとしたら。




「……まさか!」




 俺の頭に、とある候補が浮かぶ。




 「とりあえず、LOPPS・グループの会長とアポがとれたら――」と、何やら話している花島社長達を置き去りに、俺は部屋を飛び出した。


 この現状を産んだかもしれない人を、見つけるために。

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