第81話 本番のリハは粛々と?
AM8:05
朝食のバイキングを終えた俺は、一度部屋に戻り、荷物をまとめる。
予定としては、朝の8時30分までにはホテルのロビーで点呼を取ることになっていた。
それまでに各自、朝食と身支度を済ませ、チェックアウトまでしておかなければならないことになっている。
俺は手早く荷物をまとめると、時間に余裕を持ってチェックアウトを済ませる。
荷物は必要最低限のものだけを持ち、残りはホテルに預けておいた。SIS終了後に、取りに来るのだ。
その後、俺は集合時間までロビーのソファに座って待っていた。
AM 8:30
「みんな集まったわねぇ~」
ロビーの角に全員が集合したのを見計らって、花島社長が声をかけた。
その目は、いつになく真剣で、このSISに対する意気込みが窺える。
「今日の午後5時から始まるSIS本番に向けて、みんな全力でサポートするのよ。私達は裏方。だからって、気を抜いていいわけじゃない。なずなちゃんが、最高のコンディションで本番を迎えられるように、本番前の今から全力を尽くすことが私達の役目。総員、戦闘配備よ!」
いや、どこぞの戦艦の艦長か。
心の中でツッコミを入れる俺。
「それから、なずなちゃん」
花島艦長は、不意に芹さんの方を向いてにっこり微笑む。
それから、愛娘に向けるような慈愛の籠もった声で告げた。
「存分に暴れて、ライバル達を蹴散らすのよぉ」
雰囲気と台詞があってねぇよ。
その聖母フェイスで殺伐とした台詞吐くのやめてください。
つくづくツッコミに飽きない人だなと、呆れ半分でそう思った。
「とにかくみんな、今日はなずなちゃんの晴れ舞台だから、存分に頑張って楽しむこと。社長として言えるのはそれだけよ~」
そこまで言うと、花島社長は丸山Pに目配せした。
続いて、こちらの方が社長に向いていそうな丸山さんからの注意事項や業務連絡を受けたあと、俺達はSISに向けて出陣した。
AM 9:00~11:20
芹さんのサポート組に配属された俺だが、これと言って大変な仕事はなかった。
芹さんの着る衣装のサイズチェックなぞは、男の俺にはできなかったし、本番前にすることになるメイクも同様だ。
やったとすれば、せいぜいリハーサルの手伝いと、休憩中の芹さんに自販機で買ったお水を渡すくらいのもので、これは最早サポート役というよりスタッフA……いや下僕? と言った方が正しいんじゃ無いだろうかと思い始めていた。
そんなわけで、ベンチで座って「はぁ~」と重たいため息をついていると、不意に「どうしたんですか?」と横から声をかけられた。
見れば、丁度二度目の休憩に突入したらしい芹さんが、俺の横に立っていた。
「いや……なんか俺、なんも役に立ってないなと思いまして」
俺は自分の手を見ながら呟く。
「昨日あれだけ芹さんにデカい口叩いておいて、自分は何もできていないというか……」
「何言ってるんですか? 昨日あれだけデカい口を叩いてくれたじゃないですか」
「……はい?」
俺は思わず、芹さんの方を見た。
「昨日、潰れそうだった私を助けてくれた。もう十分、暁斗さんには恩を貰っています。昨日だけじゃなく、それ以前も。だから……むしろあなたは、役に立たない方向に努力すべきです」
「いやそれはマズいと思いますけど……」
でも、芹さんがそう言ってくれるのなら、俺も救われる。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方です……」
芹さんは、にこやかに微笑む。
それは、本日夜の大舞台の重圧を感じさせない、プロの眩しい笑みだった。
「じゃあ、私はそろそろ行きますね」
「はい」
芹さんは小さく手を振って、近くの衣装部屋に入っていく。
そうして、本番前の時間が過ぎていく。
このまま何事もなく本番を迎えられる。誰もがそう思っていた、そのときだった。
事件は――唐突にやって来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます