第76話 夜更けの誘い

 その後、パーティーはつつがなく終了した。


 それまで、芹さんの表情は暗かった。


 


 実際、それも無理のない話だとは思う。


 現役の、それもトップアイドルからの宣戦布告。


 その重圧に震えていても、なんら不思議ではない。




 パーティーが終わったあと、俺はなんと声をかけていいかもわからず、ただただ見守ることしか出来なかった。




 パーティーの終了後は、俺達は近くのホテルに宿泊することになっていた。


 本来であればお金を節約するために、俺も男性社員と一緒の部屋で宿泊してもおかしくないところなのだが、SIS運営側が出場者とそのスタッフには、格安でホテルの部屋を提供してくれることになっていた。




 なのでめでたく、俺は個室で就寝することになったわけである。




「うぉー……高級ホテルの1人部屋。なんてVIPな気分」




 荷物を置いて部屋着に着替えた俺は、室内を見渡して1人呟いていた。


 オシャレな絨毯に、広いベッド。和やかな雰囲気のランプが、温かく室内を照らし出している。




 カーテンを開けて窓の外を見ると、夜景と一緒にハナビー・アリーナの全貌が見渡せた。


 流石、20階からの景色は素晴らしい。




「この景色を見ながら、ワイン片手にくつろいでみたいよな~……ま、未成年だから無理だけど」




 そもそも、ワインなんて飲んだことないから、味わかんないし。


 そんなことを呟きながら苦笑して、俺はカーテンをそっと閉じる。


 


 風呂でも入るか。


 俺は、一日の疲れを洗い流すために風呂へ向かった。




――。




「あー、いい湯だった」




 風呂から上がった俺は、用意されていた浴衣に着替える。


 暇つぶしように持ってきていた小説をバッグから取り出すと、俺はベッドにダイブし、くつろぎがてら本を読むことにしたのだった。




 ――そうして、どのくらい過ごしていただろうか?


 ふと、ベッドの脇に置いていたスマホが振動したのを確認した俺は、本を閉じてスマホに手を伸ばす。




 ベッド横の棚に埋め込まれたデジタル時計の液晶が示す時刻は、23:18。


 もうすっかり、夜も更けている時間帯だった。




「こんな時間に、誰だろう」




 俺は、スマホ横のボタンを押す。


 すると、着信履歴を示す欄に、LIMEの文字があった。


 その差出人は……芹さんだ。




「どうしたんだろう。明日の動きの確認かな」




 こうして、芹さんからメールなりLIMEなりで連絡が来るのは、実はそう珍しくもない。


 LIME交換してから、これまで数回、ダンジョン配信だったり、SIS関連のことで事務連絡が入っていた。




 だから今回も、その類いだろう。


 そう思って、芹さんからのLIMEをチェックした俺は――その予想が外れたことで、眉をしかめた。




『夜分にすいません。少し、お話ししたいことがあるのですが、いいですか?』




 その控えめな文章だけが、画面に表示されている。


 俺は、ごくりと唾を鳴らし、指をスライドさせて返信を打った。




『構いません。電話でいいですか?』




 数秒もしないうちに、既読がつく。


 次に電話がかかってくるだろうと思っていた俺は、またまたその予想が外れたことに目を剥いた。




『我が儘を許していただけるのなら、二人きりで直接会って話がしたいです』


「はぁああああああああ!?」




 俺は思わずスマホを投げてしまいそうになった。




 ふ、ふふ、二人きり!?


 え!? 夜に二人きり!? それってつまり、俺の部屋に来るってことで……そんじゃまさか、密室でムッフ~ンな展開になったりならなかったり!?




 勝手に妄想を膨らませる、高校二年生(彼女いない歴=年齢)の俺。


 だが、そんな妄想は当然打ち壊される。




『ホテルのロビーで待っていますので、来ていただけますか?』


「……」




 あー、そうだよね。そりゃね、うん。


 ここラブホじゃないしね。


ていうか、俺と二人きりで話したいんだとしたら花ヶ咲さん関連の話以外有り得ないでしょ、どう考えても。


 一瞬でも舞い上がった俺よ、恥を知れ。




 俺は、深呼吸をひとつして気持ちを切り替えると、『わかりました。すぐに向かいます』と返信した。




 それから、着ていた浴衣を脱ぎ、部屋着に着替えると、俺は部屋のキーカードと、一応財布を片手にロビーへと向かったのだった。


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