第77話 伝える本音
エレベーターに乗り、一階のロビーに降りる。
シャンデリアが吊された吹き抜けの豪華なロビーには、受付と待合・休憩用のソファが置いてある。
既に夜中だからか、フロントには数人のコンセルジュがいるのみで、他に客らしき人影は見当たらなかった。
ただ1人、芹さんを除いて。
1人がけのソファに腰掛け、静かに待ち人を待っているその後ろ姿は、心なしか寂しく映った。
「お待たせしました」
驚かせてもいけないので、少し離れたところから声をかける。
が、芹さんからの反応はない。
まるで心ここにあらずといった様子で、ぼんやりと天井の明かりを見上げている。
俺はもう少しだけ近づいてから、少し声を張って芹さんの名前を呼んだ。
「あ、暁斗さん」
ようやく俺が近くに居ることに気付いたらしく、芹さんはゆっくりと振り返る。
「何か考え事でもしてたんですか?」
「どうしてそう思うんです?」
「一度声をかけたんですが、反応がなかったので」
「すいません。少しだけ、考えてました」
俺は、芹さんの隣のソファに座る。
「悩み事。俺にと話をしたいことに、関連してるんですよね?」
「はい」
「花ヶ咲さんのことですか?」
「……はい」
芹さんは、俯いたまま小さく答える。
まあ、そうだろうな。
あれは……なかなか精神にこたえるものだった。芹さん自身、思うところがあって、なんらおかしくない。
「ごめんなさい、暁斗さん」
ふと、芹さんが消え入りそうな声で謝ってきた。
「トップアイドルになるとか啖呵を切っておいて……私自身、どうすればいいのかわからないんです。私がここまで来たのは、暁斗さんのお陰。そして……私は、私の目標のために暁斗さんを利用しようとしました。偶然この立場に立ったわけじゃない。私は、暁斗さんを意図的に巻き込んで、この位置に立ってしまったんです」
「まあ、そう言われると、そうかも知れませんが……」
否定する問題でもないため、同調しておく。
しかし、巻き込んだ件については既に謝罪して貰ったはずだが……
「今回のSIS、私はプロのアイドルとして、誠心誠意頑張るつもりでいました。でも、花ヶ咲さんの目を見て、自分の覚悟がいかに脆弱なものだったかを思い知りました。私はただ、暁斗さんにここに連れてきて貰っただけ。こんな私が、明日舞台に立っていいのかなって、わからなくなってしまったんです」
……なるほど。
それで、迷ってしまって俺を呼んだわけか。
たぶん、どうすればいいかを聞きたいんじゃないんだろう。ただ、気持ちを吐露する相手が欲しかったのだ。
恐ろしい速度でチャンスを掴んでしまい、その重圧に戸惑っているのだ。
そして、それ故に自分の力で登ってきたのではないこの場所に、罪悪感を抱えている。
花ヶ咲さんの言う通り、自分はこの場に立つ資格がないのではないかと、怯えているのだ。
なんだろう。まったくもって――
「腹が立ちます」
「……え」
思わず口を突いて出てしまった言葉に、芹さんは目を丸くする。
すぐに引っ込めようと思ったが、一度出てしまった言葉は戻らない。俺は、改めて芹さんの方を向くと、包み隠さず本音を伝えた。
「俺に無理矢理協力を頼み込んでおいて、今更ひよってるんですか? 何のために、俺に嫌われる覚悟で懇願してきたんですか? 巡ってきたチャンスを掴むためでしょう? ステージに立つ自分の姿を、見せたい相手がいるからでしょう?」
「それは……」
「なのに、今更「舞台に立っていいのかな」って、あなたは何を言ってるんですか。立つ資格があるのかとか、そういう問題は悩むべきものじゃないと思いますけど?」
俺は、あえて言葉を濁して言った。
彼女自身に気付いて欲しい。もし、芹さんが「舞台に立つべきじゃないのではないか?」などとこれ以降も考えるようなら、それは花ヶ咲さんの思うツボだ。
まず、あの人に勝つことなんてできない。
今の芹さんは、プロに相応しくないから。
「……厳しい、ですね。でも、暁斗さんの言う通りな気がします」
芹さんは、ぼそりと呟く。
それから、気持ちを切り替えるように深呼吸をした。
「まさか、暁斗さんに怒られるとは思いませんでした」
「うぐっ……すいません」
「いいんですよ。なんだか、少しスッキリしました。まだ、心に引っかかってる気持ちはありますけど、少なくとも私は明日、立場とかそういうのに関係なく、出場しなくてはいけない。そう思いました」
「そうですか」
俺は、思わず笑みを零した。
ひとまず、俺の伝えたい答えにはたどり着いたようだ。まだきっと、苦しい思いはあるんだろうけど、明日はきっと素敵な笑顔で本番を迎えられるはずだ。
俺はサポート役。ただ、彼女がこの立場を自身の武器にできるのを、手助けするのみ。
「ありがとうございました、暁斗さん」
「いえ。それじゃあ、俺はこれで失礼します」
俺達は、互いに「おやすみ」を言い合って、俺は一足先にロビーを後にした。
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