第71話 「暁斗さんのばか」
「これで、よし」
更衣室に据えられた鏡の前で蝶ネクタイを結び、気合いを入れる。
髪は整髪料で整え、身だしなみには細心の注意を払う。
正直、こういう大規模なパーティーなんて参加したことがないからルールとか格式とかわからないけど、まずは形から入らなければ。
スーツの襟を整え終えた瞬間、外から小さくノックの音が響いてきた。
「準備できたか?」
「できました、三枝さん。すぐ行きます」
扉を開けて外に出ると、こちらもきっちりとスーツを着こなした三枝さんが出迎えた。
俺とは異なり、こちらは普通のネクタイをしている。
外には、三枝さんの他にも準備が整った男性社員が何人か待っていた。
ちなみに、更衣室の構造は個人で使えるものが、男女別で違うフロアに設けられている。
だから別々に着替えたあと、パーティー会場となるハナビー・ホールのロビーで待ち合わせする予定になっていた。
「ふむ。なかなか、様になってるじゃないか」
三枝さんは俺を見て、満足したように頷く。
「元々顔立ちが整っているからな、お前は。明日のSISにはお前と同い年くらいの男性アイドルも参加する。ひょっとしたら、どこかのアイドルと間違われるかもな」
「そんな。ご冗談はよしてくださいよ」
慌てて否定する。
三枝さんは「わりと本気で言ったんだが」とか言っていたけれど。
――。
その後、全員が着替え終わるのを待って、俺達はハナビー・アリーナの最奥にあるハナビー・ホールへと赴いた。
ホールの前。ロビーには受付のスタッフが並んでおり、他の団体の対応を行っていた。
明日出場するアイドルと、その関係者が一気に集うのだ。
まだパーティー開始25分前だというのに、多くの人々で賑わっていた。
人混みを酒、ロビーの端で固まって待つこと5分。
「あー、いたいた」
女性集団が、俺達の方に近寄ってきた。言わずもがな、花島社長達である。
「ごめんなさ~い。少し待ちました?」
「いえ。5分ほどですので、お構いなく」
いつも通り緩い感じの花島社長に対し、慇懃に受け答えする三枝さん。
「それはよかったです。普段こういうの着慣れないので、少し手間取っちゃって」
そう言って、花島社長は自分の姿を確認するように、後ろを向いたり、腰を捻ったりした。
花島社長の着ているドレスは、深い青色のイブニングドレス。
胸元と背中が開いているデザインで、なんともエロ……いやいや、オトナな雰囲気が漂っている。
ちらっと横を見ると、男性社員の多くが花島社長とその他多くの女性社員に釘付けになっていた。
もちろん、他の社員も、丸山さん含めもれなくドレスで着飾っている。
本当に俺、一足先に大人の階段を上っている感じだな。
正装でパーティーなんて、生憎と昔読んだラノベの貴族パーティーくらいしか知識が無い。当然行ったこともないのだ。
大人になったら、こういう機会も増えていくんだろうか。
そんなことを考えていると、1人の少女が俺の前にやってきた。ワインレッドのゴシックドレスを身に纏い、薄く化粧を施した芹さんだった。
「凄く似合ってますね、暁斗さん。なんだか、高級ホテルの最上階にあるバーで、カクテルを作ってそうな雰囲気です」
「えらく具体的ですね、それ」
俺は苦笑しつつ、クスリと笑う彼女に告げる。
「芹さんも、すごく可愛いですよ」
「ほんとですか?」
「ええ。この場にいるどのアイドルよりも、目を惹かれます」
「っ! そ、そう……ですか。ありがとう、ございます」
芹さんは動揺したように目を泳がせ、しどろもどろに答える。
心なしか、頬が桜色に染まっているようだった。
その様子を見て、なにやら花島社長がにやついていた。
「なんです、社長」
「いや~。暁斗ちゃんてさ、女たらしな部分あるよねぇと思って」
「なっ! そ、そんなことはありませんよ!」
「そう? だったら、誰よりも目を惹かれる、なんて口を突いて出てくるかな?」
「それは本当に、誰よりも目を惹かれると思ったから素直に告げただけです!」
「ふぅん。まあ事実だってことはわかってるけど。それを平気で言っちゃうとこがねぇ、憎いよねぇ。ね、なずなちゃん?」
花島社長はからからと笑いながら、芹さんの方を見る。
「……はい、ちょっと思います」
「えぇ!?」
思わぬ口撃を受けた俺は、思わずたじろぐ。
そんな俺の方を睨み、芹さんは小声で囁くように告げた。
「暁斗さんのばか」
うぐっ……なんだろう。傷付くけど、なんかきゅんときた。
そんなアホみたいな葛藤を抱えながら、合流した俺達は受付を済ませ、ホールに足を踏み入れた。
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