第72話 意外な親子関係

 ホールの中に足を踏み入れた瞬間、豪華な室内の情景が目に飛び込んできた。


 天井は吹き抜けのエントランスと変わらない高さであり、大きなシャンデリアが六つ、均等に吊り下げられている。




 直方体の空間の床には、高級そうなシックブラウンの絨毯が敷き詰められ、その上には純白のテーブルクロスで身を飾ったテーブルが置かれている。


 その上には、クローシュをかぶせられた料理が並べられており、パーティーの開始を今か今かと待ちわびているかのようだ。




 周囲には、既に到着しているパーティーの参加者達が、思い思いに話し合っている。


 窓の外を見れば、ハナビー・アリーナの脇にある美しい庭園が、地面に埋め込まれたライトから放たれる柔らかな光を受け、幻想的な雰囲気に包まれていた。




 まるで、異世界の社交会に迷い込んだかのような非日常が、俺の周りを彩っている。




「凄い光景ですよね」




 だらしなくぽかんと口を開けて見ていた俺の横に、芹さんが並ぶ。


 彼女もまた、この非日常に気後れしているようで――




「ほんとに凄いです! 見てくださいあそこ、有名アイドルグループの上り坂47ですよ! あっちはブッチー&ナッツの2人! あ、あれは歌の貴公子の異名を持つ秋原さんだ。凄い、初めて見ました!」




 ――うん、めっっっちゃ、テンション高い。


 気後れするどころか、むしろ目をキラキラさせている。




 まあね、SISに出場するのはその年話題になった有名アイドルって話だし、憧れの大先輩を生で見られてテンションが上がるのも仕方ないか。




「楽しそうですね」


「……す、すいません。子どもみたいにはしゃいでしまって。こんな機会、滅多にないと思いますから」




 我に返った芹さんが、恥ずかしそうに頬を赤らめる。




「別に、他の人に迷惑を掛けない範囲ならいいんじゃないですかね」


「そうもいきません。AISURU・プロダクションを代表して来ているようなものですから、品位が問われます」




 芹さんは背筋を伸ばして、姿勢を正す。


 俺もそれを見習って、なるべくだらしない姿を見せないようにしないとな。




 そんなことを考えていると、壁際に立てかけられた大きな振り子時計がボーン、ボーンと重い音色を奏でた。


 時計の針は、七時丁度を指している。




 計七回音が鳴ったあと、ホールの壁側に据えられた一段高い壇上にちょびひげを生やした小柄の男性が現れた。


 その男は片手にマイクを持ち、一度参加者を見まわしたあと、小さく声を吹き込んだ。


 それにあわせ、キーンという甲高い音がスピーカーから響き渡る。




 ハウリングと呼ばれる現象だ。


 たぶんこの男は、自身に注目を集めるため、わざとハウリングを引き起こしたのだろう。


 それが証拠に、参加者同士話をしていた者達が、壇上に視線を向け、辺りがしんとしずまり返った。




『会場にお集まりの皆様、ごきげんよう。今年のSIS……サマー・アイドル・ステージの代表運営会長、金原きんぱら壮明そうめいだ。まずは、この場に集まっていただいた皆様に、今年も無事開催できる事への感謝をお伝えしたい』




 金原代表は、深々とお辞儀をする。


 それから、長々と話をし出した。


 今回の開催にかける思いや、関係各位への挨拶。さながら、夏休みに入る前の浮き足だった気持ちのまま臨んだ終業式で、長々と話をする校長先生のように。




 一〇分ほどの挨拶を終えた金原代表は、最後に1人の男を紹介した。




『それでは最後に、今回のSISにも全面協力してくださっているスポンサー……LOPPS・グループの会長、花ヶ咲蓮はながさきれん様に一言お言葉を賜りたいと思います』




 そう言って、壇上に上がってきた長身の男に、マイクを渡した。


 年の頃は50代前後だろうか。


 まさにロマンスグレーという、渋みのあるおじさまだ。若い頃はさぞモテたんだろうな。




 というか……ん?


 


「花ヶ咲? その名字、どっかで聞いた覚えが……」


「知っていてもおかしくありません。LOPPS・グループの会長、花ヶ咲蓮さんは、去年のアイドル総選挙グランプリに輝いた、花ヶ咲モモさんの実父です」




 俺の疑問に、隣の芹さんが小声で耳打ちしてきた。




「まじですか」


「はい」




 それはまた、すごい構図だな。


 確かに、壇上で話している花ヶ咲蓮さんは、『私の娘も、明日の本番に出場することが叶い――』などと言っている。




 親は一流企業のトップ。そして娘は、現役の人気アイドルか。


 なんというか、恵まれた人っているもんだな。


 俺はふと、そんなことを考えた。いや、状況だけ見て考えてしまった。




『――それでは、今宵は是非、心ゆくまで楽しんでください』




 いつの間にか、花ヶ咲蓮さんの話が終わり、横に並んでいた金原代表とともに、軽く会釈をする。




 その瞬間、会場中が割れんばかりの喝采に包まれる。


 そして――待ちに待った前夜パーティーが幕を開けた。

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