第70話 LOPPS・グループ

「じゃああとは、テキトーにサポートメンバーを振り分けていくわけだけど……就きたいポジションとかある?」




 花島社長は、周りをぐるりと見まわしつつそう口にする。




 あ、そういう感じなのね。


 割と自由だなこの会社。


 まあ、社長の性格的にフリーダムではあるけども。




「あ、LOPPS・グループとは既に契約を交わしていますので、筋書き通りLOPPS・グループのサポートをしてくだされば結構です」


「LOPPS……ってなんだろ」




 ふと、俺は頭の中で思ったことを口走っていた。


 別に大きな声だったわけじゃない。ただ、密閉された静かな室内で、運悪く社長の話が途切れた瞬間に呟いてしまったことで、必要以上に室内に響いてしまった。




 当然、全員の視線がこちらへ向けられる。




「え、あ、あの……すいません。ただの独り言です。続けてください」




 いたたまれなくなって、頭を下げる。


 それに対し、花島社長はにっこりと微笑んだ。




「そうですねぇ。一応この場で説明しておきましょう。既に知っている皆さんも再確認の意味を込めて、聞いておくように」




 そう前置きをしてから、花島社長は朗々と語り出した。




 ――その内容を総括すると、以下の通りである。


 LOPPS・グループ、通称『ロップス・グループ』は、日本大手の音楽専門人材派遣会社である。




 LOPPS《ロップス》は、『Lend out Professional Performers Service』の略。


和訳すると『プロの演奏者を貸し出すサービス』ということになる。


つまるところ、LOPPS・グループはプロの演奏者を囲って雇い、臨時で奏者を必要としている個人や団体に貸し出すサービスということだ。




 なんでも、SISでは毎年、このLOPPS・グループと提携しているそう。まあ、団体によっては自前で奏者や楽団をそろえたりするみたいだが。


 


 今回、芹さんの講演に当たって、そのLOPPS・グループから4名のプロが貸し出される運びとなっているのである。


 楽器はそれぞれギター、ベース、シンセ(ミュージック・シンセイザー)、ドラム。




 楽器の種類から見るに、芹さんが歌うのはハード・ポップなどの激しい系だろう。


 バンドミュージックとか、そんな感じのアレだ。


 普段おしとやかな芹さんが、バリバリのロックを歌う……うん、ギャップ萌え間違いなしだ。




 まあ、肝が据わっているし、自分の目標には真っ直ぐな人だから、似合うと思うけど。




 LOPPS・グループの説明を聞きながら、そんなことを考えていたのだった。


 


 どうやら派遣プロ奏者は、明日の午前中に到着するらしい。


 奏者は予め楽曲を練習しているとのことで、芹さんとあわせ練習を1時間ほどした後、本番1時間前にリハーサルをして、そのまま舞台に上がることになっているようだ。




 こちらサイドの、LOPPS・グループの対応に回るグループは、明日以降の仕事になるということだろう。




 ――そんなこんなで役割分担が済み、最終的な内訳は、俺の所属する芹さんサポートグループが3人+芹さん。


 情報の錯綜が無いか確認し、逐一報告するグループ4人。


 LOPPS・グループに対応するグループ4人という構成に落ち着いた。




 ちなみに花島社長はどのグループにも属していない。




 それぞれリーダーも決まっている。


 俺のグループでは、正面に座っている強面の三十代男性――三枝さえぐささんがリーダーとなった。メンバーは俺と20代女性社員の矢田さん。そして芹さんのプロデューサーの丸山さんである。




 丸山さんがリーダーをやるかと思ったが、違ったみたいだ。


 まあ、丸山さんはリーダーというより、一歩引いてその人物を立てる方が様になっている従者タイプだ。


 人の牽引は望むところではないのかもしれない。




「よろしくな、暁斗」


「よ、よろしくおねがいします」




 三枝さんが差し出したごつい手を握り返し、握手を交わす。


 太い眉を歪め、三枝さんは満足そうに笑った。


 怖いのは見た目だけで、良い人そうだ。




 こうして会議は滞りなく進行し、30分ほどでお開きとなる。


 その後は、当日の動線確認の時間が設けられた。


 関係者以外立ち入り禁止となっているこの場所は、蟻の巣のように広く、そこかしこに部屋や通路がある。




 窓も無いから、どの辺りにいるのかもわからなくなってくる。


 舞台袖や客席までの道順、お手洗いなどの場所を把握するのには少し苦労した。




 動線確認のあとは、グループごとにわかれて会議だ。


 といっても、今日できることはあまり多くない。あくまで注意事項などの伝達や、緊急の連絡手段などの設置に留まる。




 そんなこんなで、時間はあっという間に流れ――午後六時十分。


 


「さて、そろそろ準備するか」




 腕時計を見た三枝さんが、そう口にした。




「準備、ですか?」


「ああ。前夜パーティーの開始は七時だ。各自速やかに正装に着替えろ」


「「「「はい」」」」




 俺達は返事をし、その場は解散となった。


 


 そして――SISの前夜パーティーへと意識を向けた。


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